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シチリア美食の王国へ10サン・ヴィート・ロ・カポで出会ったクスクスの女王「ポショ」(サン・ヴィート・ロ・カポ)

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パレルモから高速道路 A29号線を西へ向かい、白ワイン DOC の土地アルカモの手前カステッラマーレ・ディ・ゴルフォで高速を下りて国道を 1 時間ほど走るとサン・ヴィート・ロ・カポに着く。美しい砂浜を持つこの街は近年リゾート地として栄えているが歴史は古く、周囲の洞窟からは旧石器時代の壁画が見つかっており、洞窟都市も発掘された。この街から海岸線を南下するとズィンガロ自然保護区で、鷲や鷹など猛禽類の生息地になっている。海岸線からわずかの距離に標高 800m 級の山が連なり、切り立った断崖が続く自然の豊かな絶景のドライブコースである。

旅の途中にふらりと立ち寄る、というわけにはいかない孤高の街サン・ヴィート・ロ・カポは実はクスクスで有名で街だ。クスクスと聞いて私達がイメージするのはスパイスの効いた代表的アフリカ料理。しかしこのシチリア西海岸 ではクスクスは伝統的な家庭料理である。アラブ人がシチリアに持ち込んだ魚介ベースのクスクスはアルカモ、マルサラ、マザーラ、トラーパニ、サン・ヴィート・ロ・カポ、エガディ諸島、パンテッレリア島といった海辺に面した漁港や島に根付き、こうした街では祭りの際にクスクスを食べる。

このサン・ヴィート・ロ・カポに「クスクスの女王」と呼ばれるマリルー・ テッラージのレストランがある。シチリアのあちこちで料理人を対象にクスクス講習会を行い、毎週日曜日には伝統的かつ本格的なクスクスを食べさせてく れる料理人でありクスクス研究家でもある。

サン・ヴィート・ロ・カポのクスクスは本来各家庭のマンマが日曜日に作る家庭料理である。子供の頃サン・ヴィート・ロ・カポに遊びに来てクスクスの美味しさに目覚めたパレルモ生まれのマリルーはやがて自らクスクス作りを目指すが当時のパレルモにはクスクスなど知る人もなく、料理書も当然無い。唯 一の方法はサン・ヴィート・ロ・カポの家庭の主婦に教わることだったが、母 から娘、姑から嫁へと伝えられた一子相伝、秘伝のレシピを覚えるのは容易ではなかった。毎週日曜日に各家庭を訪れては質問も許さず見学するだけの日々 が何ヶ月も続き、ある祭りの日にようやくのことクスクス作りの手伝いを許されたという。 「ところでクスクスってアラブ語でなんて意味か知ってる?」とマリルー。以前チュニジア系移民の左官職人が作業しているところを通りかかった時、仲間同士で「おい、そこのクスクス取ってくれ」と叫んでいるのを聞いたという。 つまり「クスクス」とは壁塗りに使う水とセメント、砂を混ぜたもののことで、 イタリア語の「パスタ=練り粉」と同じ感覚で使われるアラブ語らしい。

クスクス作りは「マファラルダ」と呼ばれる専用のテラコッタに入れたクスクス用デュラム・セモリナを水とともに粒状に練る「インコッチャータ」という作業から始まる。このクスクスを底に穴が開いた専用の蒸し器「クスクシエ ラ」に移し替えて、ハーブやスパイス、魚のブロードを加えた湯が沸騰する大鍋の上に乗せ、隙間を小麦粉の生地で塞ぐ。こうして蒸すこと約 1 時間、蒸し上がったらあらかじめ用意しておいた魚のブロードを加えながらよく混ぜる。 クスクスの粒が飽和状態に達するまでブロードを加えないと、後で胃の中で水 分を吸収して膨張することになる。こうしてできあがったクスクスをウールの毛布で包んで(!!)保温しつつ蒸らすこと 45 分、ようやくクスクスは完成する。早朝からマンマが働きずめで 日曜の昼の正餐に間に合う、非常に手間のかかる料理なのである。自宅に招待してくれたこ彼女がこの日用意してくれたのは魚、肉、ドルチェ の三種類からなるクスクスのフルコースである。

マリルーによるとトラーパニ周辺で「クラッシコ」と呼ばれる伝統的なクスクスは全部で6種類ある。1魚のクスクス、2肉のクスクス、3復活祭に食べる羊のクスクス、4豚肉とブロッコリのクスクス、5マッコ・ディ・ファーヴ ェと呼ばれる空豆のプレとバッカラのフリットのクスクス 6海藻のクスクス。家庭で作るクスクスに使う魚はペッシェ・ポーヴェロと呼ばれる、要するに青魚中心の安い魚でサウロ(鯵)やオーパ(鯛の仲間?)、さらにマンガラシナ という魚がよく使われる。この日はチポッラと呼ばれるカサゴの仲間とベラを ブロードに使い、漁師から買ったとれたてのイカ、エビ、ヒメジ、イワシをフリットにして別盛りにする。こうしたフリットをクスクスと一緒に皿に取り、 上から魚のブロードをぐるりと一回しかけてから食べる。

マリルーが朝からことこと仕込んだブロードをたっぷり吸い込んだそのクスクスを一口食べて思わずうなった。それは豊潤な海の味だった。シナモンやクミン、生姜などからなる複雑な香りは海の向こうのチュニジアを思わせた。新 鮮そのものの魚介のフリットは香り高いクスクスにさらなる彩りを添えた。次の肉のクスクスは野菜のブロードで蒸らし、香味野菜と豚、羊、サルシッチャなど好きな肉を煮込んでクスクスと一緒に食べる。これは一転してスパイス豊かでパンチのある真夏の灼けた大地の味。海の次は大地の恵みである。

レモンのソルベで口直しした後に彼女のオリジナル、クスクスのデザートを 食べる。クスクスがデザート?と聞くと変に思うかも知れないがオレンジとシナモンの香りがするクスクスには細かく刻んだアーモンド、ヘーゼルナッツ、 ナツメが混ぜてあり、オレンジのソースをかけていただく。はじめて食べる甘いクスクスは酸味と甘味が調和した素晴らしい一品だった。こうしたマリルーのクスクスは夏の日曜の夜のみ彼女の店で食べられる。地 中海に沈む夕日を見ながらテラスでとる夕食は異国情緒たっぷりで最高にスペクタクルだとマリルーはいう。彼女のクスクスはサン・ヴィート・ロ・カポの 海と大地そのものであり、アラブ人がシチリアに遺していった宝のひとつだ。 今年の夏もまた遠くミラノやローマから美食家たちがこうした宝目当てに「ク スクスの女王」のもとへと集まってくるのである。

●Pocho(ポショ)
Makari, San Vito Lo Capo (TP) Tel0923-972525
火曜休み 夜のみの営業 木曜日はスペイン料理、日曜日はクスクス 1月半ば~3月半ば休業 プチホテルもある 予算目安:1人32ユーロ 要予約
●Pensione Ca’tarin(ペンシオーネ・カタリン) Viale C.Colombo, ang.Via Don Bartolo,16 Castelluzzo, San Vito Lo Capo (TP)
tel./fax 0923-975659 pensionecatarin@libero.it
2002 年オープン、4室のみの家族経営の小さなペンション。 レストランなし。部屋に冷蔵庫あり。マリルーおすすめ 料金目安:一室二名 35 ユーロ

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匡克 池田
About 匡克 池田 (1167 Articles)
1967年東京生まれ。イタリア国立ジャーナリスト協会会員、フォトジャーナリスト。日本で出版社勤務後独立、1998年よりフィレンツェ在住。「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「フィレンツェ美食散歩」「伝説のトラットリア、ガルガのクチーナ・エスプレッサ」など著書多数。2011年に池田愛美と株式会社オフィス・ロトンダ設立。国際料理コンテスト「Girotonno2014」「Cous Cous Fest2014」で日本人初の審査員となる。 http://www.office-rotonda.jp https://www.facebook.com/ikedamasa
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