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イタリアの市場を食べ歩く01 頑固一徹、トスカーナ主義を貫くフィレンツェ(無料配信)

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トスカーナ州フィレンツェに住んで7年。その間にいろいろなところへ行った。北から南までとりあえず全20州は制覇した。だからイタリア全部を知っているなどと恐れ多いことを言う気は毛頭ないが、少なくとも、フィレンツェが他の街と比べてどう違うかということは皮膚感覚でわかっているつもりだ。

フィレンツェは京都に近い。2005年に姉妹都市提携40周年を迎えるだけあって相当に似ている部分がある。街は古いし、貴族文化を支えた職人世界がちゃんと息づいている。「この前の戦争で」と言われたら第二次世界大戦ではなく、中世のシエナとのモンテアペルティでの戦いかもしれない(応仁の乱のように)と疑ってみなければならないところも似ている。そして、なんといっても独特の食文化を頑に守っているのがそっくりだ。

我が家行きつけの近所の肉屋に寄った時のこと。中央市場で買い込んできた大根と白菜が手提げ袋の中から顔を出していた。肉屋のジョルジョはすかさずそれを見て(イタリア人は本当にめざとい)、「それはなんだ」と聞いてきた。「DAIKONとカーヴォロ・チネーゼ(白菜)。塩漬けしたり、ズッパ・ディ・ミソにして食べると美味しいよ」と答えたら、「ふーん。俺はトスカーナのものしか食べたくないね」と一蹴された。食べる気など最初からない癖に、好奇心は強いので一応聞いてみたというわけだ。

イタリアは徹底した郷土料理主義である。クチーナ・クレアティーヴァというものが80年代に持てはやされたが、90年代には郷土料理への揺り戻しがきて、クチーナ・トラディツィオナーレをふまえた、クチーナ・リヴィズィタータ(もしくはリヴィズィオナータ)と呼ぶものが21世紀の現在に引き続いて主流となっている。つまり、郷土料理の調理法、素材を現代の嗜好に照らし合わせて見直した再認識料理、という意味なのだが、この言葉は高級リストランテからスローフードの影響を受けた新世代トラットリアまで広く浸透している。やっぱり伝統を無視してはイタリア料理ではないと料理人が認識し、それはまた食べ手がコンサバをあくまでも求めるからに他ならないという証明である。

そんな国にあっても、大都市はコンサバに凝り固まることなく、新しいもの、珍しいものに飛びつく傾向はある。その筆頭格がミラノ。次いで、ローマでも不思議な料理をクラブ風のインテリアで食べさせる店が増えている。ところが、フィレンツェやヴェネツィアとなるとまた少し事情が違ってくる。街の成り立ちも規模も違うし、観光産業が街の経済を支えているという背景からも単純に同じ大都市の枠組みにはめ込むことはもちろんできないが、なんといってもそこに住む人の嗜好がミラノ、ローマとは別の路線を歩ませるのだ。

フィレンツェの場合、人間も京都人に近いといったら怒られるかもしれないが、本当に頑固である。野菜、肉、豆、それから塩の入っていないトスカーナ・パン。この四つをベースとした食事を飽きずに守り続けている。栽培技術の発達のおかげで野菜の旬はだいぶ薄れてきてはいるが、春にバチェッリ(生食のそら豆)、秋にポルチーニ、冬にカーヴォロ・ネロなど、季節になると絶対に食べるという野菜は厳然と存在する。

肉はといえば、これなくしてはフィレンツェの食卓はありえないと言えるほど存在感は大きい。ビステッカ・アラ・フィオレンティーナ(牛肉のTボーンステーキ)、アリスタ(豚ロースのオーブン焼き)、トリッパ・アラ・フィオレンティーナ(トリッパのトマト煮込み)、ペポーゾ(鶏の胡椒煮込み)、ストラコット・デル・キャンティ(牛肉のキャンティワイン煮)・・・煮る、焼くのシンプルな肉料理ばかりだが、少なくともこの100年はテーブルの主役として現役で活躍している。豆は乾燥の白いんげん豆が年中コントルノ(つけ合わせ)として登場するし、塩気のないという意味でパーネ・ショッコと呼ばれるトスカーナパンは、いつどんな時でも食卓には欠かせない。この塩なしパンは結構曲者で、慣れるに時間はかかるが、一度慣れてしまえばこのパンでないと物足りないという身体にまでなってしまう。それも、じっくりと時間をかけて発酵させて薪で焼いた上質のものを食べると、もうこのパン以外には考えられないというレベルにまで行ってしまう。実に危険なパンなのである。

 

市場攻略のイロハ、通って馴染みになるべし

 

頑固で肉食至上主義なフィレンツェの胃袋を満たすのは、サンタ・マリア・ノヴェッラ中央駅からもドゥオモからもほど近い、サン・ロレンツォ中央市場だ。メディチ家の菩提寺、サン・ロレンツォ教会の足元から駅前通りのナツィオナーレ通りにぶつかるまで、革製品や安売りの服や靴を売る露店がびっしりと両側に並ぶアリエント通りに面して入り口が三つあり、その中央がメインゲート。石盤にMERCATO CENTRALEと書かれているが、それ以外の部分は欠けてかすれて見えないのがちょっと情けない。二階建ての大きな体育館のような建物は、赤い屋根に緑の銑鉄飾りのコントラストが白壁に映えて美しいが、同時に微かに中華風でもあり、どことなく古都フィレンツェのイメージにそぐわない。それもそのはず、これは1874年建造で、ルネッサンスの中世の佇まいを誇るこの街でもかなり新しい部類に入るのだ。

イタリア統一以降、都市構造改革が進み、それまでほとんどの市場が青空市であったのが屋内市場に変わっていった。イタリア中の屋内市場はここ百年あまりに誕生したものと言っても過言ではない。だから、屋内市場は比較的新しく、しかし、最新というわけでもない。微妙に古びているという言葉がぴったりくるものばかりだ。余談だが、もし最新建築を見たいのであれば、郊外のスーパーへ行くといい。旧市街にはスペースがない上に建築物への規制が厳しいため、スーパーは郊外へと押しやられる。人が住むわけではないが、人寄せの必要がある郊外スーパーはまず建物の斬新さで人目を引こうとする。だから、有名建築家や若手建築家の実験的建築物として、時には「え?これがスーパー?」と思うような突拍子もない代物が平原の真ん中に立っていたりする。

 

翻ってサン・ロレンツォ中央市場。ミラノのヴィットリオ・エマヌエーレ二世ガレリアを設計したジュゼッペ・メンゴーニによるこの体育館的市場は、一階の大部分を肉屋、サラミとチーズ屋が占め、その他食料品店、パン屋、パスタ・フレスカ屋、魚屋などが入っている。青果は一九八〇年代に増築された二階部分。吹き抜け天井は夏でも涼しいが、冬はもちろん冷蔵庫並みに寒い。職場としてはかなりきつい部類に入るだろう。

我が家が愛用するこの市場の買い物ルートではまず二階の青果から回る。肉には仔羊や野うさぎは別として旬がないから、出盛りの青果で季節感をチェックするのだ。しかし、その前に必ず向かうのが、アリエント通り側サン・ロレンツォ教会方向の端にある八百屋。生姜、白菜、大根を常に揃えている。イタリアの野菜の旬とは無関係だが、出物があれば買っておこうという魂胆である。日本と比べるまでもなく、ドイツなど他のヨーロッパ先進国に比べてもアジア野菜はここでは貧弱である。時に大根はにんじんほどの太さしかなく、白菜は花が咲きかけている。そういう場合は買わずにじっと次の機会を待つのである。

このアジア野菜チェックの後、イタリアの旬の野菜を求めてフロアを順に見て回る。市場はすべての店が最高の状態で商品を並べているわけではない。それぞれの得意分野があり、その時期の状況によっても品質は大きく変わる。住民としては、どこにどういうタイプの店があり、誰が何を得意としているか、ここへ行けばとりあえず何が確保できるのかを把握しておかなければならない。そして、行けば必ず立ち寄り、買うものがあれば買うという店も作っておく。この繰り返しでわずかながらの信頼関係が生まれる。これが意外と大事なのだ。

イタリア人は顔見知りをとても大切にする人々である。知った人間に変なものを売り付けることはしたくないと思う人間なのである。言い換えれば、一見さんには、少々傷んだものでも袋に入れてホイと渡す。一度でもそういう思いをすれば客は来なくなるとちょっと考えればわかるのに、あえてそういうことをしてしまうのだ。それを知って以来、品物を買う時は必要な場合は自分で選ぶようにするし、気に入った店には間をあまり置かずに顔を出すようにしている。

そういう意味で、常にチェックして買わなくともチャオと言い交わす店が数軒ある。ハーブや葉野菜がいつも瑞々しくぱりっと元気なグリーンばかりの店。店主は顔面三分の一がヒゲに覆われキャップをかぶった一見怪しげな風貌だが、バジリコ、ローズマリー、セージなど定番のほか、マジョラム、チポッリーナ(チャイブ)、コリアンドロ(シャンツァイ)、メンタ(ミント)などがいつも生き生きとしている。値段は少々高いが、これだけ元気なら当然かと諦めもつく。「いつもここのは新鮮ですね」と言うと「俺は優秀なんだ」と胸を張る。どこかうさん臭いけれど、ハーブは新鮮で文句のつけようがないから反論はしない。ある時、買った後でふと振り返ると、野菜達に丁寧に霧を吹いていた。ごく当たり前のように思うが、こういうことは意外としない。努力なくして他に抜きん出ることはないのである。

このフロアではもう一軒、用もないのに覗きたくなる店がある。ドライフルーツばかりを扱うそこは、先の「俺は優秀だ」ハーブ屋のすぐ隣奥にある。あんず、りんご、バナナ、マンゴー、キウイ、ありとあらゆる果物がドライで売られている。これがまたアメリカ人の若い女性によく売れるのだ。たいてい二人組くらいで1ユーロコインを差し出して、これで買えるだけ、などとたどたどしいイタリア語でオーダーしている。しかし、ここはそれほど安くはないので、1ユーロで買えるものはそんなにない。煙草一箱買うのにクレジットカードを使う彼女達だが、ドライフルーツにはケチなんだなと思う。もしかしたら彼女達の国ではもっと安いのかもしれないけれど、フィレンツェは市場といえど、嗜好品であるドライフルーツは高いのだ。

この店では、お土産になるものを買う。さまざまな種類のレーズン(チーズのお供にする)、シチリア産天日干しのドライトマト、同じくシチリア産のドライオレガノのブーケ。ドライトマトは工場で乾燥させたカラブリアの量産ものも扱っているが、シチリア産天日干しのほうが断然高い。しかも、生産量が少ないので、大量には売ってくれないのだ。噛み締めるとじわっと甘みと旨味が広がるシチリアのドライトマトは日本へのお土産の筆頭定番である。次点がオレガノ。しっかりと乾燥したそれはスーツケースの中でビニール袋に何重にも包んであってもものすごい芳香を放つ。旅の間にぽろぽろと崩れた花芽も大事に使ってもらえる人にだけ持ち帰る貴重なハーブだ。

市場だけでなく、街中の個人商店でも、イタリアはまだまだ対面販売が主流の国である。店の人がひとりひとりのお客を順番にさばいていくのを、どんなに急いでいてもじっと待つ、というのがルールである。時々、「急いでいるからこれ一つだけ先にお願い」という例外も発生するが、ごく稀なケースだ。彼らはお互いに自分の順番をちゃんと把握していて、たとえば外国人が列に混ざっていてもその順番を親切に教えてくれる。だからこちらも「抜かされないように用心しなくては」とあまり露骨に列をつめたり、無理矢理声をかける必要はない。が、それとなく順番を意識しておき、自分の番がきたらすかさず、買いものの意思表示をするだけの神経は持ち合わせておきたい。

商品は基本的に店の人が袋に入れてくれるものを信用する。彼らが一番商品に詳しいはずだからだ。しかし、どう見ても傷んでいる、あるいは、自分の好みではないものを入れようとしたら、それはノーだと言い、自分で選んでもいいか?と聞くのはルール違反ではない。要はお互いにリスペクトを持って対応すればいいだけのことなのだが、これが意外とできなかったりする。

 

フィレンツェ食の真髄は、赤身肉と内臓にあり

 

さて、一階へ降りてみる。前菜のサラミ、ハム類、メインの肉あるいは魚を見て回る。市場でもレストランでも同じだが、人だかりはいい店の証し、質がいいのか安いのかあるいはその両方か、ともかく、お客が多い店をまずは利用するのが鉄則である。

ざっと見て一階の半分以上を占めているのが肉屋だが、その中にも繁盛しているものとそれほどでもないものとがある。牛肉と豚肉、鶏肉、内臓と大きく分けると肉屋の系統は三つあり、牛豚と一緒に内臓を扱う店とか、ハンバーグやロースト用に詰め物や調味を既にほどこしたものなど半完成品のバリエーションが豊富な店などもある。一軒一軒見て回るとその微妙な違いがまた面白く、それぞれの店のこだわり比べをするのが楽しい。

肉屋の店先を見ていると、日本とは随分違うことに気付く。まず塊肉が主流である。お客は自分の欲しい部位の肉をステーキ用に何センチ厚さ(イタリア語では高さという。高さこれくらいね、などと言いながら親指と人さし指で示すことも多い)、煮込み用に角切り、ロースト用に糸でしばってくれ、などと注文する。日本のような極薄のスライスはできない。何度かあちらこちらの店で頼んでみたが、どう足掻いても厚さ3ミリまで。プロシュートのスライサーを試してもらったりもしたが、肉が柔らかすぎてだめだった。豚バラのこま切れで炒めものをしたかったら、1センチ厚さ(高さ)で買ってきて少し凍らせて端から薄切りするしかない。

肉の部位についても日本の感覚とはだいぶ違う。さまざまな部位が名前もそれぞれちゃんとついて並んでいるのだが、これをどう料理したら美味しいのか、想像がつかないのだ。まぁ基本は煮るか焼くかの二者択一だからそう複雑な問題ではないが、適当にするにしてもヒントは欲しい。だから、気になる部位を見つけたら、肉屋にその調理の仕方を質問することにしている。それで一度試してみて、次回への布石とすればいいのである。この方法がもっとも有効なのが、内臓、臓物類である。トリッパくらいはわかるとしても、そのほか見たことも聞いたこともないようなモツが綺麗に並んでいる。これらは専門の業者がちゃんと掃除し、下茹でも済ませた状態で売られているので、大抵はいきなり調理できるようになっている。とはいえ、どうすれば美味しく食べられるのか、これは店の人に聞くしかない。

内臓や仔羊や豚の頭や脚などは、豚のバラと並ぶ安価な食材なのでよくエスニックな人々が買って行く。イタリア人は大概牛、豚、鶏の正肉を買う。特に、牛や豚は肉と脂身がはっきりとわかれ、日本の霜降り信仰とはずいぶん嗜好を異にする。みっちりとつまったたんぱく質部分の回りを脂肪が取り囲んでいる肉は、加熱するとたんぱく質はいっそう縮んで歯ごたえのしっかりとした繊維質が前面に立ち上がる。それを好みの量の脂身と一緒に食べると、旨味と甘みがプラスされ、「あぁ肉を噛み締めているな」という満足感で脳髄がじわりと痺れていくのだ。このたんぱく質・脂肪分離型は、霜降り肉の柔らかさには叶わないが、肉本来の味とはこうであるという説得力に満ちている。そして、脂肪の量を自分で調整できるので、結構いくらでも食べられてしまうのが恐ろしい。この危険な料理の代表がビステッカ・アラ・フィオレンティーナなのである。

肉を見て回るうちにだんだんとお腹が空いてくる。料理の匂いがするわけではないのに、肉の鮮やかな赤やピンク色は、それだけで脳を刺激し、空腹信号となって胃袋を刺激する。こういう人のためだかどうかは知らないが、この市場には食堂がある。一階のサン・アントニーノ通り側に3軒あり、うち真ん中の1軒は軽食のできるバール的なもの、メルカート広場側の1軒はローストビーフとポルケッタに赤ワインというおやつを楽しむところ、そして、アリエント通りに一番近く一番広いスペースで賑やかに営業しているのが創業1872年という「ネルボーネ」だ。ちょっと待て、この屋内市場は1874年に出来上がったのではないか? その辺りの微妙なズレはどこから生まれてきたのか。現在の「ネルボーネ」は創業者とは無関係のファミリー(フィレンツェの老舗トラットリア「ヴェッキァ・ベットラ」の経営者でもある)が営んでおり、創業年のいきさつなどはもはや闇の中である。

この常設屋台のような店はセルフの食堂形式で、先にレジで勘定をすませてからレシートを握りしめて料理の出てくるカウンターであらためて注文をする。勘定の前に自分の食べたいものをしっかり見極める必要があるので、まずはカウンターと通路を挟んだテーブル席で皆が食べているものを観察しなければならない。リボッリータやラザニア、パスタなどのプリモも悪くない選択だが、ビギナーはこれでお腹いっぱいにならぬよう注意が必要だ。ここで食べなければいけないのは何をおいても臓物とくず肉のボリートなのである。くたくたに柔らかくなったトリッパやランプレドット(牛の第4胃袋)のほか、どんな部位なのかわからないがともかくとろりと煮込まれたボリートにサルサ・ヴェルデ、もしくはサルサ・ピカンテ(辛いソース)を好みで添えてもらって熱々を食べる。特に冬場、凍えそうな市場の片隅のこれまたギンギンに冷えきった鋳物製の椅子に我慢して腰掛けてお皿で手を温めながら食べると余計に効く。きゅっと胃袋を刺激してじんわりと広がっていくパワフルなこのボリートは、年中あるけれどやっぱり冬の中央市場の名物である。

このボリートをパニーノにしてもらって立ち食いをしている肉体労働者たちもいる。彼らは食事のスタートが大体12時からと早いので、13時からの一般昼食時間とは重ならない。好きな時に食事ができる旅行者も早めの時間に労働者たちに交じって食べて、イタリア人の底力=胃袋力をじっくりと観察すれば、本物のイタリア料理とはこういうところにあるのだと身体で感じることができるだろう。

 

市場の味を持ち帰る。旅行者に許されたささやかな楽しみ

 

もし、キッチン付きのレジデンスに滞在するのであれば、市場巡りは最高に楽しいだろう。しかし、キッチンがなくとも、切り分けるナイフさえあればホテルの自室で充分に市場の味を楽しむことはできる。市場の周辺には台所用品の店もあるし、サン・ロレンツォのメディチ家礼拝堂脇のアルドブランディーニ広場にはとりどりのナイフを売る露店があるから、とにかくナイフを一本確保する。鋏とコルク抜きもついているタイプならなおいい。市場の中で、パンを買い、プロシュートやサラミ、チーズを少しずつ買う。最小単位は100gだが、このくらいと手で大きさを指し示す方法も有効だ。イタリアはボディランゲージの国、相手の目を見て、こちらも目で訴えかけながら、手ぶりを加えれば絶対にわかってもらえる。

買う前に試食ができるところもある。アリエント通り側、サン・アントニーノ通りに近い入り口のすぐ傍にあるハム・チーズ・惣菜の店「ペリーニ」は所狭しと生ハムの脚がぶら下がり、ガラスケースには幾種類ものペーストやソースが並んでいる。そのガラスケースの上に、売り物のペーストや生ハムをいろいろ組み合わせたひとくち大のクロスティーニが木製の丸まな板に山盛りになっていて、お客はそれを頬張りながら買い物をするという仕組みである。この「ペリーニ」は中央市場の名物総菜屋で、その派手なプレゼンテーションが数々の雑誌で紹介されているが、隠れた逸品は薪で焼いたパーネ・ショッコだ。もっちりとした歯ごたえで塩気の効いたプロシュート・トスカーノとの相性が抜群である。

もう一軒、特に週末になると様々な熟成具合のペコリーノチーズを試食させるのが「バローニ」。「ペリーニ」と同じアリエント通り側だが、こちらはナツィオナーレ通りに近い方にある。鮮やかな切り口をこちらに向けて棚に整然と並ぶイタリア各地の生ハムやサラミ、ガラスケースの中にはイタリア、フランスのチーズが美しく隊列を組んでいる。そのほか、キャビア、フォアグラ、季節には白トリュフも並ぶ、世界三大珍味が揃う中央市場きっての高級食材店である。ここではペコリーノチーズを選び、それに添えるフルーツソースも買い、高級なオリーブオイルとさらに余裕があれば、稀少な長期熟成のバルサミコも入手するといい。バルサミコのコーナーの隣にひっそりと置かれているトスカーナ随一のナイフメーカー、スカルペリアの「ベルティ」製ビステッカ用ナイフも仕入れればこれ以上のトスカーナ土産はないだろう。

「バローニ」の向かい側、「コンティ」もまた優れた食料品店である。二階の青果フロアで見るよりも数段美しい野菜や果物が並び、色や形もさまざまなオリーブの漬け物はどれもつやつやと美味しそうに手招きしている。その足元には一目で上質とわかるドライポルチーニやドライトマト。ここでは特にミニトマトのドライトマトを購入したい。キロ当たり29ユーロと値段は相当に立派だが、これさえ入れればどんなパスタソースでも格段に美味しくなる(はず)、魔法の乾物なのである。

 

正しい肉料理と正しいフィレンツェ料理はトラットリアに求める

 

スローフードという言葉が蔓延して久しいが、そうなるとむやみやたらな一人歩きが目立ってくるのも流行り言葉の宿命で、「スローフードなレストランを教えて下さい」という訳のわからない質問を受けることも多くなった。スローフードのそもそも意味するところ、わかりますか?などと詰め寄るのも大人気ないので、おそらく伝統的で美味しいところを教えて下さいという意味だろうと解釈して適当と思われる店を2、3挙げることにしている。

フィレンツェで伝統料理を探すのはそれほど難しいことではない。特にビステッカ・アッラ・フィオレンティーナはこの街へ訪れる旅行者達のほとんど全てが求める料理だから、どの店でもとりあえずビステッカの文字をメニューに掲げている。この“とりあえずビステッカ”も悪くはないが、フィレンツェにはそのほかにも食べて損のない美味しいものが数多くある。

たとえばサン・ロレンツォ中央市場のすぐ近くにある「トラットリア・ゴッツィ」。市場周辺にはその他にもいろいろと食事処があるし、メルカート・チェントラーレ広場にはガイドブックでも有名なトラットリアが並んでいるが、佇まい、内観、給仕のおじさんなど、料理をも含めた全てが、これぞトラットリア、街の食堂であるぞという意気込みに満ちているところはここを置いて他にはちょっとない。

白いテーブルクロスがかかってはいるが、ここは断じてリストランテではなく、あくまでも気のおけない食堂。営業は昼のみ、13時過ぎに入るとすぐに席が見つからない場合もあるが、そういう時はワインでも飲みながら待っていれば直にテーブルは空く。入り口に値段を記したメニューが貼ってあるほかはメニューというものはないので、オーダーは常に口頭で今日出来るものを聞いた上での注文。前菜はなし、プリモから入る。プリモを食べ終わると皿を下げに来たおじさんにセコンドを頼む。プリモ、セコンド、ドルチェのコースを全うする胃袋もしくは時間の余裕がないときは、最初にプリモ、セコンドのラインナップを通しで聞いて、どれか一品厳選という手段もOKだ。

しかしなんといってもこの店では正しい肉料理を食べなければならない。ここではプリモは肉を食べるための前菜に過ぎないのである。仔牛のロンバティーナ(肋間肉)のグリル、アリスタ(豚ロースのオーブン焼き)、鶏のロースト、仔羊のオーブン焼き、豚のスペアリブの網焼き、仔牛薄切り肉のサルサ・ピッツァイオーロ(トマトソース煮)。市場で見学した肉が、こうやって食べるものですよとあるべきフィニッシュを示している。噛み締めるほどに旨い赤身肉、白身肉。たんぱく質と脂肪のくっきりとした存在感、この二つが一緒になったときの一体感。しかし食べる時はそんな余計なことを考えず無心に一気に取り組む。美味しさを一ミリでも逃したくないからだ。できればおしゃべりもせずに皿上に集中したい。そう思わせる訴求力に満ちあふれた肉料理なのである。さらに付け加えればインサラータは本当に新鮮だし、じゃがいものオーブン焼きも塩とローズマリーとオリーブオイルがしっかりスクラム組んでもり立てて肉の傍役としては立派すぎる程その存在感を主張している。今日は昼からお肉を行ってみようか、という時に意気込んで出かけるのに最適の店、それが「トラットリア・ゴッツィ」である。

もう1軒、市場の傍ではなくポンテ・ヴェッキオの袂にある、いうなれば観光のメッカにあってしかも侮れない正統トラットリアが「ブカ・デッロラフォ」だ。終戦間もなくに開店したトラットリアで、その後、アルノ川向こうの「トラットリア・カッミッロ」でカメリエーレをしていた二人が買い取って以来22年間ほとんどメニューを変えずに生き続けている店である。

今はその元カメリエーレの一人、ランベルトとその息子のジョルダーノが店を切り盛りする。席数40、ブカ(穴蔵)と呼ぶ伝統的な食堂の形態、ギンガムチェックのテーブルクロス、妙に威圧感のある背高のマチナ・ペペ(胡椒挽き)、押すと出てくるレトロなプラスチック製爪楊枝の筒。ワインは22年間同じところから仕入れる菰被りキャンティかアンティノーリのボトルしかない。ひと言で表せば頑固な店である。料理も徹底したフィレンツェの肉料理、野菜料理が中心だ。なんといっても厨房を任されているジョルダーノが、自分の料理の原点はおばあちゃんが日曜日に作ってくれた料理だというのだから、本物である。日曜日に心をこめてじっくり作った御馳走。これを今、フィレンツェで食べられるところがいくつあるだろうか。

●Trattoria Gozzi
Piazza S.Lorenzo,8r tel.055-281941 昼のみ営業、日曜休み
●Buca dell’Orafo
Volta dei Girolami,28r tel.055-213619 日曜・月曜休み

 

もう一つの市場サンタンブロージョとその名物食堂

 

街の西、旧市街を取り囲むルネッサンス期の城壁跡がわずかばかりに残るベッカリア広場にほど近く、もう一つの屋内市場サンタンブロージョはある。辺りは学生や教師が多く住mu、観光街フィレンツェのなかではもっとも生活感のある落ち着いたゾーンだ。

平屋の市場はその周りに屋根だけをめぐらして青果や衣料品の半露店が並び、建物内には肉屋、総菜屋、パン屋などが入っている。サン・ロレンツォの中央市場とは比べものにならないほど小規模だが、生活水準が高い土地柄からか、品物の質はいい。大粒で美味しいオリーブの漬け物や、小麦の香り高いパン、綺麗に並べられた米や豆など、ここでしか買えないものも少なくない。後は火にかけるだけの詰め物調味済みの肉類も手の込んだものが多く、すぐ近くにあるフィレンツェ随一の有名料理店「チブレオ」の得意メニューでもある、鶏の首の詰め物なんかも売っている。

まだ語学学校に通っていた頃、「チブレオ」のファビオ・ピッキ氏にこの市場を案内してもらう機会に恵まれたが、そのときに教えられた、トスカーナ料理の基本は玉ねぎのソフリット(じっくりと炒めたもの)にあり、またにんにくは薄い紫の皮をまとったものが香り良い、といった事は今でも覚えている。なかでも「料理は錬金術でなければならない。単純なものを足していって単純に足した以上の味にならなければいけない」という言葉はイタリア料理の本質的なものを言い表わしているのだと今も信じている。単純に見えてその実複雑な味。これがイタリア料理の美味しさの根底にある。

我が家はサン・ロレンツォに近いのでサンタンブロージョ市場へ買い物の目的で来ることはないが、ここへは時々無性に食べに来たくなる。市場内にある食堂「ダ・ロッコ」は、辛い語学学校時代のランチ・スポットだったのだ。

社会人になって勉強というものから遠ざかって以来錆び付いていた脳みそに、新しい言語を詰め込むのには相当な努力が要り、そのせいかそれまでに体験したことのない頭痛に悩まされたものだった。こめかみが痺れるような痛みを抱え、それでもワインを飲みたくて「ダ・ロッコ」に通った。最近は少なくなったが、「ダ・ロッコ」では1.5リットル瓶がテーブルにどんと置かれ、勘定は飲んだ分だけ(実際には四分の一、二分の一、四分の三といった大雑把な目分量)払うシステムで、四分の一(ウン・クアルト)は1.30ユーロともちろん安い。

料理もプリモ2.60ユーロ、セコンド3.70ユーロと格安だ。プリモはシンプルなトマトソースかスーゴをかけたパスタ、ラザニア、ミネストラのほか、日替わりで冬はリボッリータ、夏はパンツァネッラ(トスカーナパンとトマト、きゅうり、バジル、薄切り玉ねぎのサラダ仕立て)やスペルト小麦のインサラータなどが加わる。セコンドはアリスタやローストビーフ、トリッパ・アラ・フィオレンティーナなどフィレンツェ定番料理が中心。コントルノでインサラータかゆで野菜の盛り合わせ2.10ユーロを頼んで、仕上げにパンナコッタかクレームカラメルかマチェドニアのドルチェ1.10〜2.10ユーロを食べて10ユーロちょっと。パスタはプレコーチェ(茹でおき)してあるので、注文後運ばれてくるまでの時間は短縮されているが、若干柔らかいのがやや難点。でも、学生食堂を彷佛させる懐かしさは悪くない。何よりもお決まりのツーリストメニューではなく、自分でいろいろ選んでワインも飲んでこれだけですむ店は、ユーロインフレで物価が軒並みリラ時代の倍(体感物価)になった今では稀少である。

そして、この店の一番のウリはいつも野球帽を被ったロッコおじさん。名前なんか知らない一見のお客にも「チャオ、マッシモ!コメスタイ?(元気か)」と勝手に名前をつけて陽気に声をかけてくる。女性の場合はマッシモがシモーナとなり、相手が年配の場合はドットレッサ(ドクターの女性名詞)となる。このおじさん懐かしさについ行ってしまう、郷愁の市場食堂である。
 
●Da Rocco
Mercato S.Ambrogio内 12:00〜14:00 日曜休み
ベンチシートのテーブルに着くには、ガラス張りの外から店員に目配せで着席の意図を伝えるか、テイクアウト用のカウンターで人数を告げて座りたい旨を言って空いている席の指示を促す。13時頃が一番混むので少々待つことも覚悟。

 

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About Manami Ikeda (325 Articles)
大学卒業後、出版社に就職。女性誌編集に携わった後、98年に渡伊。以来ずっとフィレンツェ在住。取材とあらばどこにでも行きますが、できれば食と職人仕事に絞りたいというのが本音。趣味は猫と工場見学。
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