「鍋と試験管」

分子料理学(という言葉はもう存在するだろう、多分)の権威、エルヴェ・ティス博士の本は、以前に友人の日本人料理人から日本語バージョンのものを借りたことがある。が、難解な訳文と合間合間にはさみこまれる分子式に、若い頃ならいざ知らず、すっかり頭が固まった年頃にはちときついものがあってすぐに放り出してしまった。

ふと本屋で見かけたこの一冊、「どうせまた小難しくてきっと無理」と思いつつもぱらぱらとめくったら、一つのテーマがほぼ見開き完結でまとめられていて、とっつきは悪くない。分子式もほとんどないし、オレンジと墨の2色刷りのシンプルなデザインも見やすい。

中身は4章に分かれ、「作業についての探索」「料理の基本、味覚の生理学」「調査と模範」「明日への料理」といった、わかりにくそうなタイトルがついているが、一つ一つの項目は「キッシュとビニエ」だったり、「酵母とパン」、「ワインと硫黄」などとより端的な表現になっている。興味のあるものを拾い読みするのにちょうどいい具合だ。

イタリア語も平易で文学的表現はないから、真意を探ってあれこれ悩まなくてもすみそう。値段は16ユーロ、資料として手元に置いておいて損はない、と思う。ちなみに、私が購入したのはterza stampa、イタリアの建物の階数を数えるのと一緒で、初版は含まれていないから、日本的に言えば第4版である。2年間で4刷り。一度に何部刷っているのか知らないけど、ちょっと羨ましい。mnm