ミシュランオタクに捧ぐ

今年の11月にいよいよミシュランガイド東京版が出版される。さて、どんな仕上がりでどんな方向に向かっていくのか、それは出てからのお楽しみ。一方、イタリア版は東京版に先駆けること50年。昨年11月出版の今年版は正真正銘50周年を迎え、1957年版の復刻版が付録としてついていたのは、当ブログでもご紹介したとおり。

イタリアにおけるミシュランガイドの威力は凄まじく、はっきり言って他のイタリアのガイドブックをはるかに凌駕している。レストランの評価には賛否両論あるけれど、星の有無がもたらす影響力はガンベロ・ロッソやエスプレッソ、ヴェロネッリなどが与える評価よりも強大なのは、どこのシェフも否めないだろう。

だからか、TRE STELLE MICHELIN La Storia dei 130 ristoranti consacrati della celebre GUIDA ROSSA in Francia, Europa e U.S.Aなどという本が出てくる。表題のとおり、三つ星レストランについての概要がまとめられているのだが、この著者は一種パラノイア的にミシュラン三つ星をクロニクル的に、あるいはマトリックス的に分析する。まぁひとことで言えば、ミシュランオタクの本。

その中で特に興味惹かれたのが、フランス料理(とイタリア料理)の昨日、今日、明日と題して、ざっくりと歴史的流れをまとめた箇所。グランデ・クチーナ(もしくはアルタ・クチーナ)、クチーナ・クラッシカ、クチーナ・ボルゲーゼ、そして、クチーナ・デル・テリトリオ(もしくはレジオナーレ)とクチーナ・ポポラーレ、さらにヌーヴェル・キュイジーヌ、クチーナ・モレコラーレ...というように続いていく。

グランデ・クチーナとは、いわゆる宮廷料理と王制が崩壊した後に市井に放たれた宮廷料理人たちが立ち上げた豪華な料理店の料理を指す。その筆頭がアントナン・カレームで、こうした豪華料理は、パリの超高級ホテルに受け継がれていった。クチーナ・クラッシカとは、グランデ・クチーナをよりシンプルにわかりやすく仕立てたもの。フォア・グラ、キャビア、トリュフなどの高級素材を用い、伊勢エビのテルミドール、ロッシーニ風トゥルネードといった、いかにも高級でしかも高級ホテルであればどこにでもあるという料理がこれにあたる。その先駆者がオーギュスト・エスコフィエ。

クチーナ・ボルゲーゼは、クチーナ・クラッシカ同様グランデ・クチーナから枝分かれしたものだが、料理人の自由な発想と土地の素材を用いたより個性の強い、しかし、高級路線の料理を指す。対して、クチーナ・デル・テリトリオ(土地の料理)は文字通りその土地伝統の料理である。それはまた、手間のかかる祝祭的な料理とクチーナ・ポポラーレ(庶民の料理)と呼ばれる安くて日常的な料理とに分けられる。

ヌーヴェル・キュイジーヌ(イタリアではヌオヴァ・クチーナと言われもするが、やはりこのように呼ばれることが多いと思う)だとか、クチーナ・モレコラーレ(分子料理)に至っては、著者はかなり辛辣な記述をしているけれど、そこまでに至る料理のクロニクル解説は簡潔でわかりやすい。

ふと思ったのだが、グランデ〜ポポラーレといった区分が当てはまるのって、日本なら京都なのでは。そう考えると、ミシュラン東京版はNY版と同じで、現代料理店事情を表層的に切り取るものであり、フランス版とはその依って立つ料理の歴史的背景が全然違う。それでも、単なるガイドブックの一つじゃないか、と言い切れない強烈な影響力を放つかどうか。これは見物である。mnm