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トレヴィーゾの名店「レ・ベッケリエ」閉店

伝説のティラミスは真の伝説に

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ヴェネト州トレヴィーゾ。北イタリアらしい静かな小さな美しい街。城壁と水に囲まれた、 美しい典型的ヴェネトの小都市のひとつ。

同街を代表する、正統派レストランである「リストランテ・レ・ベッケリエRistorante Le Beccherie」が2014年3月末をもって、閉店した。1939年創業の、トレヴィーゾでは屈指の老舗店である。同店を有名にしているもののひとつがティラミスであることは、イタリア料理に精通している皆様ならば、一度は同店の存在をどこかしらで耳にしているかもしれない。

ティラミス…濃いカフェをたっぷり含ませたビスコッティ(サヴォイアルディ)とマスカルポーネをベースにしたクリームとで層にし、表面にたっぷりとビターなカカオをふりかける…イタリアならず、そして世界に発信するイタリア菓子の代表格であることは周知のごとく。

これほど知られている菓子ではあるが、その発祥、歴史などに関しては、明確にはされていない。時に触れて「甘い戦い」と言われ、その生い立ちについて各所で議論のねたとなるものである。ヴェネト説(ヴェネトのなかでも地域論争あり)、フリウリ説、ピエモンテ説、そしてトスカーナ説…どれもこれもが訳ありで、納得せざるを得ない説が並ぶ。多くの著名パスティチェレ(菓子職人)たちでさえ、その真意を語ることは難しく、「幼い頃からマンマがつくってくれた大好きなドルチェ」と口を揃える。美味しいものを語るのに、蘊蓄など出番なし、と言ってしまえばそれまでなのだが。

そのなかでも、必ずやティラミス発祥の店として名が挙がるのが、同店「リストランテ・レ・ベッケリエ」だ。その菓子の歴史は、悔しくも同店を閉店すると決めた3代目店主であるカルロ・カンペオール氏の母であるアルバ氏と、当時ドルチェも担当していた同店の料理人による考案だ、と公表していたことによる。

然しながら、同店は決して“ティラミスの店”ではないことは了然たり。トレヴィーゾの旧市街地の中心地、シニョーリ広場の裏手にて、歴史と、そして土地に溶け込んだ老舗ならでは品格を備え、提供する料理も正統派。

「レ・ベッケリア=肉屋」という店名に叶う、ボッリート・ミスト(多種多部位の茹で肉)は冬期間の同店の名物。身のこなし、手つきも小慣れたカルロ氏が、カレッロ(ワゴン)とともにテーブルに近寄り、甚も自然にしやかなに、肉を切り分ける姿などは、サービス業としてのプロの姿を思わせた。この時期、トレヴィーゾ周辺の食事処にはまず欠くことがないであろう、土地を代表する野菜、トレヴィーゾ産ラデッキオ(ラディツキオ・ディ・トレヴィーゾ)などは、姿を様々に変容させ、皿を賑わせていたものでもある。

店の閉店が告げられたのは、2月後半のある日。昼どきのローカルニュースにて、突然の閉店宣言が報道され、偶然このニュースを見ていた筆者も吃驚した。

閉店の一番の理由は、ここ数年に長引く不況に耐えきれなかった、というところ。街の多くの店、レストラン業専門でないバールなどでも、昼食時には低価格にてスピードランチなどを提供するようになった昨今、同業態店への客足が目に見えて少なくなったことなどを店主本人は話す。そのような周囲の変わり様に自分たちは随従できずにいた、と。だが、最後に付け加えるのは、「時代のせいだけではない、自分のレストラン業に対する情熱の問題だ。」とも。

老舗店を守り、伝統を守らなければならない責務と実際の経営事情、それに対する、または反する人々の志向の変化、そして時代の変化等々とのバランスがどこかで崩れてしまったのか。閉店宣言をしてから僅か1カ月後、急展開ともいえる街のシンボル店の喪失に、街の人、そして、ここトレヴィーゾで同様にレストラン業に就く同業者他、各界からも非常に遺憾と勘えられている。

トレヴィーゾの街の大切な一店の閉店。今後、再度レストランとして別オーナーのもとにて再出発するのか、または否か、もしくは再復活なるか…行く先は未だ解らずにいる。伝説のティラミスが蘇ってくれることを望んでいる多くの声が届くといいのだが。

Aki Shirahama
About Aki Shirahama (3 Articles)
ヴェネト州パドヴァを拠点に活動しています。

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