Trattoria Gozzi@Firenze

サン・ロレンツォ中央市場フードコート化に関連して、というわけではないが場外食堂として 名高いトラットリア・ゴッツィの話を。サン・ロレンツォ中央市場再開発計画の一環かどうかは不明だが、最近突如としてカント・デイ・ネッリ通りのお土産屋台群Bancherelleが一掃され、元々が自動車通行禁止区域だけに広々とした道路を自由に歩ける従来とは見違えるような景観となった。従来この通りは呼び込み、客引き、さらには外国人移民による偽ブランド商品販売や違法屋台など問題も多く、正式な許可を得ている露天商たちは「違法営業反対」という垂れ幕を掲げての反対運動を繰り返し行っていた。ちなみに市場へと続くアリエント通りにはまだ屋台群は軒を連ねておりすでに市場と一体化した光景であるだけに、こうした屋台が一掃されるのはちょっと想像できない。アリエント通りに並ぶカーサ・デル・ヴィーノ、パスティッチェリア・シエニ、アンニーバリ・キーティといった老舗の名店は場外を彩るまぎれもないフィレンツェ食文化の一部となっているのだから。

話はゴッツィに戻る。そうしてカント・デイ・ネッリ通りの景観が変わってもゴッツィは以前と変わらないたたずまい、そして料理を維持し続ける。ガイドブックなどでは「ゴッツィ」と表記されることも「ダ・セルジオ」と表記されることもあるが、これはどちらも正しく、先代のオーナーがセルジオ・ゴッツィという名前だったのだ。「ダ・セルジオ」というのはいうならば「セルジオの店」という意味であり、現在はセルジオの息子であるアレッサンドロとアンドレアという2人の「ゴッツィ」を中心としたチームで店を守り続けている。

もともとは14世紀頃から存在していたワインや食材などを保管する倉庫マガッズィーノの一階にあるゴッツィは昼のみ営業のトラットリアで、出すのは時折メニューに顔を出すきまぐれ料理をのぞいては徹頭徹尾トスカーナ料理。ズッパ、パスタ、肉はグリル、ウミド、フリット。基本的に魚介類はカトリックで肉断ちをする金曜日しか出さない。薄切りの子牛カツレツをピッツァイウオーロ・ソースでからめたブラチョーレ・リファッテ、下町伝統のアリスタ・アル・フォルノは豚ロースのシンプルな旨味を十分に堪能させてくれる。ウサギや羊はフリットに、フィレンツェ風のあっさりとしたトマトソースで煮込むオッソブーコも捨てがたい。そうしたメニューの選択に迷うような店は、また来て今度はあれを食べたい、と思わせてくれるし、そのためだけにまたフィレンツェを訪れたい、事実そう思う旅行者がいかに多いことか。長い間常連客に愛されて営業を続ける老舗の条件とはまた来たい、と思わせる永世定番料理があることが必須。それはマーケティングとか流行といった言葉とは真逆の方向性を打ち出し、戦争、不況などあわゆる時代の変遷の波を乗り越えて生き残ってきた名店の証なのである。

決して特別サービスがいいわけではない。最高の料理、というわけでもない。しかしゴッツィにはゴッツィにしかない空気がつねに流れ、一生懸命働くフィレンツェ人たちの姿を目の当たりにするのは貴重な時間であるように思われる。料理は一日にしてならず、何千回何万回と作られてきた料理を口にすることは対価として支払う十数ユーロ以上の価値がある、と信じてならない。

Masakatsu IKEDA
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池田匡克 Masakatsu IKEDA ジャーナリスト 1967 年東京生まれ。出版社勤務後1998 年イタリアに渡り独立。旅と料理のビジュアル・ノンフィクションを得意とし、イタリア語を駆使したインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ」など多数。 2003年度「シチリア美食の王国へ」がイタリア文化向上に貢献した出版物に送られるマルコ・ポーロ賞(イタリア文化会館主宰) 最終候補作品にノミネート 2005年よりイタリア国立ジャーナリスト協会所属 2011年株式会社オフィス・ロトンダ設立。現在代表取締役 2014年日本初のイタリアの旅と料理をテーマにしたWEBマガジンSAPORITA設立。国際料理大会Girotonno、Cous Cous Festに日本人として初の審査員に選ばれる

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