テスタローリの本懐

よくパスタ事典などをひもとくとルニジャーナ地方特有のパスタに「テスタローリ」という記述が見られる。いわくその起源はエトルリア時代にまで遡る古いパスタで、水と粉で作ったクレープ上の生地を鉄板で焼き、さらに茹でてから食べる、つまり乾式加熱を施した後に湿式加熱するというイタリア広しといえども唯一無二の珍品パスタである。しかしこのルニジャーナ地方というのは日本のどのガイドブックを見ても出ていないし、よほどのイタリア通か料理人でもなければ行ったことがある人はまずいないと思う。この秘境を訪れる目的はただひとつ、テスタローリである。最近では真空パックしたテスタローリをEATALYやPEGNAなどの高級食料品店で入手できるようになったが、実際にテスタローリを恒常的に出すレストランは、例えば同じトスカーナ州の州都であるフィレンツェでさえ、知る限り無い。

ルニジャーナ地方とは、トスカーナ、エミリア・ロマーニャ、リグーリア3州に隣接したディープトスカーナで、食のガラパゴスとも呼ばれる秘境ガルファニャーナのさらに奥。一番大きな町ポントレーモリPontremoliには高速道路のICがあるので、実はそれほど行きにくい場所でもない。ヴェルデ川、マグラ川に挟まれた小さな三角地帯にある古い町で、周囲には栗林が広がり、アペニン山脈への入り口でもある。そのポントレーモリの大聖堂から一本裏手に入った場所にトラットリア・ダ・ブッセTrattoria Da Busseはある。1930年から続く家族経営の店で、現在は創業者ピエトロ・ベルトゥッキの子供たちであるアントニエッタが厨房を、ルチアーノがサービスでその秘伝の味を守り続けている。

例によって田舎のトラットリアなのでその日のメニューはルチアーノによる口頭試問形式で始まる。テスタローリはアル・ペストかよりクラシックに食べるならオリーブオイルであえただけのアル・オーリオ(!!)他にパッパルデッレやラヴィオリがあるが頼む人はまずいない。

実際のテスタローリを厨房でアントニエッタに見せてもらった。かつてはテラコッタが、今ではフライパンが使われるが、本来はテストと呼ばれる蓋付きの鋳物のフライパン、というより鍋を使って作る。このテストはルニジャーナ地方の農民や羊飼いにとっては大事な調理道具で、これを使って小麦粉で作るフォカッチャ「クレシェンテ」やパニガッチ、栗の粉を使ったピアディーナなどを焼いて食べたという。まず小麦粉、水、塩で作ったゆるめのパステッラをテストにまんべんなくいきわたるようにし、下部「sottano」と上部「soprano」を使い、ひっくり返して両面焼きにする。本当のテスタローリは片面のみにしっかり焼き色がつき、片面はほぼ白い状態である。この生地を約6〜7cmのマルタリアーティ状に切ってから軽く茹で、熱々の状態でソースとあえて食べる。正統はリグーリアの影響を大いに受けたペスト。あるいはオイルのみであえて食べる。アントニエッタはこのテスタローリを布巾でくるんで大事にしまっていた。

注文してから3分で登場したテスタローリは、思ったよりも、というと語弊があるが生地も弾力があり、ペストとよく馴染んでいた。粉の量も少ないので満腹感はあるがカロリー控えめ、少ない粉で腹を膨らませたクチーナ・ポーヴェラの系譜を受け継ぐパスタである。ちなみにセコンドにはチーマ(ジェノヴェーゼ)があり、茹でたビエトラとパルミジャーノを詰めた袋状の子牛肉を茹でた料理があるがこれも同じくリグーリアの影響。辺境のトラットリアには州を越えた越境料理が数多く見られるのである。

Trattoria Da Bussè

Piazza Duomo

54027 Pontremoli, MS

Tel 0187 831371

Masakatsu IKEDA
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池田匡克 Masakatsu IKEDA ジャーナリスト 1967 年東京生まれ。出版社勤務後1998 年イタリアに渡り独立。旅と料理のビジュアル・ノンフィクションを得意とし、イタリア語を駆使したインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ」など多数。 2003年度「シチリア美食の王国へ」がイタリア文化向上に貢献した出版物に送られるマルコ・ポーロ賞(イタリア文化会館主宰) 最終候補作品にノミネート 2005年よりイタリア国立ジャーナリスト協会所属 2011年株式会社オフィス・ロトンダ設立。現在代表取締役 2014年日本初のイタリアの旅と料理をテーマにしたWEBマガジンSAPORITA設立。国際料理大会Girotonno、Cous Cous Festに日本人として初の審査員に選ばれる