イタリアの麻の布を訪ねて@Coazze, Piemonte

ローマに住む知人がイタリアの麻を紡いで布を織っていると聞き、イタリアの麻という言葉に引っかかって、この国にそんな産業があるのかと興味を抱いた。話をよく聞いてみると、第二次世界大戦まではイタリアの各地でごく普通に麻が栽培され、庶民(農家)はその麻から繊維を取り出して紡ぎ、布を織ってシャツやワンピース、シーツやテーブルクロス、布巾のような多用布に仕立てて普段の暮らしのなかで使っていたのだと言う。蚤の市などで時々見かける、古い、時には継ぎだらけの布はそういう歴史を生きてきたのである。ごくたまに何度も丁寧に洗濯されていい感じに柔らかく“なれた”ものに出会うと、これはいったいどんな人に使われてきたのだろうと思う。

ところが、イタリアの麻文化は今や風前の灯火。ヨーロッパでも麻は北のほうで栽培されるものがほとんどで、北欧やイギリスのリネンにはまだ素敵なものがあるらしいが、イタリアでは質の良い麻の布を見つけるのは難しい。最近は、麻が土壌改良に役立つということで、土壌が汚染された南イタリアの工業地帯で麻の栽培を開始しているところがあるというが、そこで穫れる麻は食用(種から油など)はむろんのこと、人体に触れる可能性のある衣類や生活用品に使われることはなく、そのような製品化は少なくとも土壌汚染の解消が確認される数年先のことになるだろう。

件のローマの知人(本職は麻織物作家)が、ピエモンテで麻を栽培し繊維を取り出して紡いで昔の織機で布を織っている人のもとを今度訪ねるというので、是非にと同行させてもらった。ピエモンテというのがなんだか意外だったが、その人はほんとうに戦前の昔ながらの方法を継承している希有な人で、しかもかなりお年寄りだと聞き、この機会を逃したら絶対に後悔すると思ったのだ。場所はトリノの西、アルプスの山と南仏に挟まれた小さな町Coazze。取り立てて目立つ産業はないけれど、どことなくフランス風の佇まいの建物がところどころに残っている町にその人、Bruno Tessa氏を訪ねた。

イタリアではごく普通に見かける、簡素でさほど古くはないアパルタメント。その庭に建てた小屋のなかにBrunoさんの作業場はある。ほとんどのスペースを占めている織機は、打ち捨てられていたものを譲り受けたBrunoさんが組み立て直した。Brunoさんは大家族の末っ子に生まれ、子供の頃に叔母さんたちが機を織るのを見て育ち、機織りという魔法の道具に魅せられたのだという。長じて仕事に就いた後もそのマジカルな世界はずっと心の片隅に小さな灯として残っていた。そしてある日、ばらばらになって放置されていた織機との出会いが、Brunoさんの心のなかの灯を再び強い炎にしたのである。

Brunoさんが子供の頃に叔母さんたちが使っていた糸は、布地屋がよそで買って来たものだった。その昔は当地でも麻を栽培していたのだが、刈り取った麻を熟成させて繊維を取り出して紡ぐのは手間がかかる。だから自然と麻の栽培は廃れてしまったのだ。Brunoさんはその廃れてしまった麻の栽培から始めた。ここでいう麻はイタリア語でcanapa、一般的にはヘンプと呼ばれる大麻の繊維である。Brunoさんは自分が育てたcanapaから紡いだ糸と購入した綿糸も使って機を織る。しかし、できあがった布は一般には流通しない。製造量が限られている上に布や染色の専門家からの引き合いが多いからだ。

Brunoさんは山のなかにも作業場を持っている。そこには刈り取られた麻が山と積まれていた。これを全部叩いてほぐして繊維を取り出して紡ぐのかと思うと気が遠くなるくらいの山だった。やることがいっぱいあってね、なかなか手がつかないんだとBrunoさんは言う。麻のほかにも野菜や果物を育て、年老いた身内の面倒を見て、機を織る。確かに一日はあっという間に過ぎてしまうだろう。でも、そうして少しずつ織られた布はきっと百年を越えて生き延びる。

★Brunoさんが織ったasciugamano(タオル)をお譲りします。かなりしっかりとした布ですが、何度も何度も洗っているうちに柔らかくなっていきます。タオルとしてだけでなく、テーブルセンターとして、またコンソールの上の飾り布のように使っても良いかと。素朴な淡い色合いは空間に柔らかさを与えてくれると思います。洗濯はごく普通にできます。干す時にフリンジをほぐしますが、絡まりにくいのでさほど手間はかかりません。

詳細はSAPORITA SHOPにて

 

 

 

About Manami Ikeda (313 Articles)

大学卒業後、出版社に就職。女性誌編集に携わった後、98年に渡伊。以来ずっとフィレンツェ在住。取材とあらばどこにでも行きますが、できれば食と職人仕事に絞りたいというのが本音。趣味は猫と工場見学。