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イタリアの老舗料理店01トラットリア・マスエッリ・サン・マルコ1921年創業(無料配信)

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トラットリア・マスエッリ・サン・マルコ(ミラノ)創業一九二一年

Trattoria Masuelli S.Marco(ミラノ)

ピエモンテとミラノの伝統を併せ持つ

はじめて「マスエッリ」を訪れたのはある秋の昼食時のことだった。店があるのは市内中心部から歩いて行くには少々遠いウンブリア大通り。戦前はミラノ市郊外で何もないところだったそうだが、現在はミラノをとりまく外周道路の一部で、イタリア鉄道ポルタ・ヴィットリア駅もすぐ近くにある。予約してタクシーで乗り付けると、こじんまりとかわいい手作り風の店構えに好感を覚えたものである。

帰りがけにタクシーを呼ぶと乗りこむや否や「お客さん、今の店どうでした?美味しいって噂は聞いたことあるんだけど」と訪ねられたので、非常によかったと答えた。「そうか、じゃ今度いってみよう」とすぐさま反応。イタリアのタクシー運転手はみな美味しい店があると聞くと、耳がぴくりと動くようである。

はじめての「マスエッリ」で席に着くとまもなく店主のジュゼッペ・マスエッリ通称ピノがメモ帳片手に説明を初めてくれた。本日のおすすめはこれこれ、以下のもの。メニューには書いてませんが日替わりはこれこれ、あれもこれもできます、と次から次へと食欲と好奇心をそそる料理を耳元で囁いてくれた。そしていざ注文の段になると、こちらがひとつ頼むたびに「ブラーヴォ(お見事)」「ペルフェット(完璧)」「ブォニッシモ(最高に美味しい)」とあいの手を入れてくれる。注文の際に楽しめる店での食事はすでに成功を約束されたようなもの。

この日注文したのは店主自家製のサラミ盛り合わせ。ラルド(豚の脂の塩漬け)、コッパ(肩ロース)、フェリーノ(サラミ)などなどいずれも手作りならではの優しい味わい。ついでレンズ豆の名産地として名高いウンブリア州は「カステッルッチョ産レンズ豆のスープ」。セコンドは「牛頬肉のネッビオーロ煮込み」つけあわせはこれまた稀少品種のとうもろこしとして有名な八列=オット・フィーリを使った練り物ポレンタ。ぞろりとした食感が残るポレンタは野性味あふれるワイルドな味だった。

帰りがけに店に飾られた古い写真を見ているとジュゼッペが「これは創業当初の店の写真ですけど、今と全然変わっていないのが分かるでしょ」と店の歴史を説明してくれた。

ジュゼッペの父フランチェスコとその妻ヴィルジニアの姓「マスエッリ」を屋号として酒屋兼トラットリアとして店を開いたのが一九二一年。現在と違って周囲は草むらに囲まれていて聞こえてくるのは家畜の鳴き声。「正式にはマスエッリ・サン・マルコ」というがこれは「おそらくサン・マルコという名前が気に入っただけ」とジュゼッペはいう。

そのフランチェスコは一九五五年に若くしてこの世を去ると当時まだ十八才だったジュゼッペはすぐに母ヴィルジニアを手伝って店で働き始める。やがてジュゼッペの妻ティーナも店の厨房に入り、現在ではその息子マックスことマッシミリアーノが「マスエッリ」を引っ張っている。とはいえ料理はフランチェスコとヴィルジニアが作っていたロンバルディア・ピエモンテの伝統料理。郷土料理以外が「マスエッリ」のメニューに乗ることはない。

ジュゼッペは「マスエッリ」の店で生まれた。両親の出身はピエモンテ州ロッケッタ・ターナロ。アレッサンドリアとアスティの中間で、ミシュラン星付きの店が十件近く連なるピエモンテ屈指の美食ゾーン、ターナロ川流域の町である。今もジュゼッペは土曜の夜、店が終わると車を飛ばしてピエモンテの家で週末を過ごし、月曜にミラノに戻ってくる生活を繰り返す。ミラノ生まれにして心はピエモンテ。その距離わずか百キロあまりだが、二州の伝統をいずれも受け継いでいることが「マスエッリ」の特徴でもある。

「マスエッリ」のメニューは基本的に日替わりで季節ごとに三回変わる。これは毎日来る常連客を飽きさせないためでもあるが、一週間食べずにいるのが辛くなる料理もある。例えば冬のローテーションはこんな具合である。

月曜日は冬のピエモンテのを代表する茹で肉料理「グランディ・ボッリーティ・ミスティ」火曜日は鵞鳥と縮緬キャベツを煮込んだ「カッソエウラ」。思えば先日「マスエッリ」に行ったとき「今日は鵞鳥のカッソエウラ」がある」とジュゼッペがいうので喜んで食べたことがあったが、思えばあれは火曜日だった。

フランス語のキャセロールが語源といわれるこの伝統的ミラノ料理。「マスエッリ」では火曜日が鵞鳥で木曜日が豚肉である。地鶏のようにしっかりした鵞鳥の肉質が甘い縮緬キャベツと実によくあう。忘れがたい料理であった。

水曜日は生野菜をニンニクとアンチョビのソースで食べる「バーニャカウダ」。木曜日は例の「聖なる」豚肉のカソエウラで、金曜日は伝統にのっとって魚料理「ベルタニン」。これは塩蔵鱈バッカラのことでヴェネト地方ではこう呼ばれる。そして土曜日は再び「鵞鳥のカソエウラ」任期料理ゆえに週に二度作られる。

オープンな人柄にして真のプロフェッショナルであるジュゼッペとグアルティエロ・マルケージは親友同士である。マルケージは新イタリア料理「ヌオーヴァ・クチーナ・イタリアーナ」の提唱者で初のミシュラン三ツ星を一九八六年イタリアにもたらした。そんなイタリア料理界の巨匠は、今もミラノを訪れるとジュゼッペの元を訪れ、夜更けまでワイン片手に語り合うことしばしばだという。

「黄金のリゾット」「裸のラヴィオリ」などで当時一世を風靡したマルケージの料理について、ジュゼッペとティナもよく議論しつつ、実際に試してみたという。しかし結局二人の結論は、新しい料理へと向かうのでなく「マスエッリ」で今まで続けて来たことをこれからも続ける、ということだった。結局二人の選択が正しかったことは今も「マスエッリ」に集う人々を見れば自ずと分かることである。

先日「マスエッリ」でジュゼッペに、アントニオ・ピッチナルディというフード・ジャーナリストを紹介してもらった。彼はモンダドーリ社のレストラン・ガイドはじめリッツォーリ社の食材辞典「ディツィオナリオ・ディ・ガストロノミア」の著者でもある。著名人にして常連、私のズッパを指差して「あ、レンズ豆のズッパは食べる前にオイルを垂らしてね。そうすれば香りが立ち上って一層美味しくなるから、と自らオイルを皿に注いでくれた、気さくな御仁であった。

スタンダードなピエモンテ料理なら詰め物パスタ「アニョロッティ・アッラ・ピエモンテーゼ」やピエモンテ牛を生で食べる「カルネ・クルーダ・アルベーゼ」。ミラノ料理ならクラッシックな「リゾット・アッラ・ミラネーゼ」と牛のすね肉を骨ごと煮込んだ「オッソブーコ」の一種盛り、ピアットウニコもいい。つまりピエモンテとミラノのいいとこどりができるというわけだ。

最後に「マスエッリ」ではワインが非常に良心的な値段なのも特筆すべき点である。これは料理におけるジュゼッペの哲学「偉大なるクオリティと考え抜かれた価格設定」に基づくもので、その昔ピエモンテ産のワインを量り売りしていた父の影響なのかもしれない。長年の付き合いという「ブライダ」や「アンティノーリ」のそうそうたるワインが他店ではお目にかかれない価格で味わえるばかりか、残ったワインは赤い袋に包んでテイクアウトさせてくれるのも珍しい。そして夜は絶対に一回転。トラットリアとはいえ客をせかすようなことは決してしないというから、ミラノで心地よく過ごしたい夜にはどこに行くべきか、おのずと答えは見えてくる。

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匡克 池田
About 匡克 池田 (1159 Articles)
1967年東京生まれ。イタリア国立ジャーナリスト協会会員、フォトジャーナリスト。日本で出版社勤務後独立、1998年よりフィレンツェ在住。「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「フィレンツェ美食散歩」「伝説のトラットリア、ガルガのクチーナ・エスプレッサ」など著書多数。2011年に池田愛美と株式会社オフィス・ロトンダ設立。国際料理コンテスト「Girotonno2014」「Cous Cous Fest2014」で日本人初の審査員となる。 http://www.office-rotonda.jp https://www.facebook.com/ikedamasa
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