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アマトリチャーナににんにくは是か非か

伝統料理とクリエイティビティを巡るある事件

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カルボナーラに生クリーム、アマトリチャーナににんにく、ペスト・ジェノヴェーゼにバター。このなかで間違いはどれでしょう。

レシピにおける厳格な伝統主義者であれば、これは全て間違いだと断言するだろう。ところが、有名なシェフが「こうすればもっと美味しくなる」と推奨したら? そうかもしれないと試す人、あのシェフがそう言うなら正しいと信じる人、そんなバカなと真っ向から否定する人、そして、頼むからそんなことを言わないでくれと懇願する人が出てくる。ここ最近、料理界を賑わすこんな“スキャンダル”が続いている。

ことの始まりは、カルロ・クラッコが「アマトリチャーナに皮つきにんにくを使うのが美味しさの秘訣」とTVで発言し、それに対し、パスタ・アッラ・アマトリチャーナの生まれ故郷と言われるアマトリーチェ市が異議を申し立てたという事件だ。同市では“世界で最も有名なパスタ”であるアマトリチャーナは、グアンチャーレ、サン・マルツァーノ・トマト、ペコリーノ、白ワイン、胡椒、唐辛子で作るべし、ゆめゆめにんにくやたまねぎを使ってはならぬと定め、De.Co.(Denominazione Comunale)として保護認定されているというのである。

この騒ぎに対し、ジャーナリストのパオロ・マルキは、たかだか150年くらいの歴史しかないレシピに、そこまで騒ぎ立てることもなかろうという。料理というものは常に変化する生き物だし、新しい試みもあってしかるべきものだ、と。ダヴィデ・スカビンだってにんにくを使っていたし、マッシモ・ボットゥーラによれば、今まで食べたなかで一番美味しかったアマトリチャーナは、伝統バルサミコを使い、おまけににんにくもたまねぎも入っていたと。

カルロ・クラッコのにんにくアマトリチャーナ事件は、本人が「あれは冗談だった」と言って一応の幕を閉じた。最初からにんにくは“伝統のアマトリチャーナ”には使わないと知っていたが敢えて番組を盛り上げるために仕掛けたのだという。騒ぎ立てたアマトリーチェ市も、結果的にはアマトリチャーナの本拠であるという宣伝になった。しかし、伝統を掲げ、守ろうとする努力は必要だが、排他的原理主義に走るのは発展する道を閉ざすことになり、自ら消滅を選ぶことにもなりかねないのではないか。

この一件について、ジャーナリストのダヴィデ・パオリーニは、伝統料理とクリエイティビティ(ただし一皿のなかに正しい調和を見せた場合に限る)の対立というクラシックな事件の一つだと評している。問題は、現代イタリア料理のなかに前衛的クリエイティビティの確固としたフィロソフィが確立していないことにあるという。伝統とされる料理の材料を替えたり、形状を変化させたりすることはクリエイティブとは言えないということを伝統主義者も最先端料理を目指す者もはっきりと理解すべきであり、その意味において、現代イタリア料理は、前衛的でも革新的でもなく、単にリフォルミスタ(改良主義者)にとどまっていると。

ダヴィデ・パオリーニはしばしば「伝統は、成功した革新」というフレーズを引用する。革新が成功し定着したものであるはずの伝統は、小手先の改良では本質的に失われることはない。しかし、だからといって根拠なく改良を試みても構わないということではないだろう。その伝統はどうして成立したのか、その経緯と理由を学んだ上でなお改良の余地ありと結論して初めて挑むべきである。それでもそれはリフォルミスタとしての挑戦であり、クリエイティビティの発露ではない。現代イタリア料理が足踏み状態だと言われる要因の一つはそこにある。

振り返ってみて、我々外国人がイタリア料理にアプローチする際、肝心なのはクリエイティブはもちろんのことリフォルミスタであろうとすることでもない。イタリア人が伝統料理をアレンジ(改良)をするほどに、我々外国人は“気軽”にはできない。彼らにはDNAレベルでイタリア料理の伝統が根づいているが、我々にはそれがないからだ。我々にできることは、イタリア料理の伝統を知ろうとすることだけである。本を読み、現場を見て体験することでしか、イタリア料理を自分のなかに取り込むことはできない。そして、それを放出するときも、自らが得た伝統を礎にするほかはない。拠るべきところをまず確保しようと努力しなければならない。しかも、その努力に終わりはないのである。

About Manami Ikeda (313 Articles)
大学卒業後、出版社に就職。女性誌編集に携わった後、98年に渡伊。以来ずっとフィレンツェ在住。取材とあらばどこにでも行きますが、できれば食と職人仕事に絞りたいというのが本音。趣味は猫と工場見学。
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