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国境の茹で肉食堂Da Pepi@TRIESTE

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須賀敦子さんのエッセイ「トリエステの坂道」を読んでいると、時折無情感、寂寥感に似たどうしようもない悲しさがこみあげてくることがある。それはスロヴェニアに国境を接し、クロアチアまでもわずかな距離の「国境の街」に漂うノスタルジーというか時代に取り残された孤独な空気ゆえであり、『ユーゴスラヴィア[クロアチア]の内部に、細い舌のように食い込んだ盲腸のようなイタリア領土の、そのまた先端に位置する』ために、『地中海にいくつものすぐれた港をもつイタリアの領土になってからは、港湾都市としてのトリエステの存在意義は根底から揺さぶられ、イタリア東端の都市という空虚な政治的意味だけしか持つことができないのだ。』(「トリエステの坂道」須賀敦子より)

イタリアに併合されたのは第一次世界大戦後、街を歩けばウイーン統治時代の栄華が寂しげに点在するトリエステ名物といえばかかあ天下と空っ風、ではないが強風ボラとブッフェである。このブッフェとはトリエステ独特のシステムでヴェネツィアのバーカロを想像してもらうと分かりやすい。シンプルな郷土料理や簡単なつまみを食べさせるオステリアで入り口付近は立ち飲みスペース、ブッフェに集う男たちはたとえ朝から酒を飲んでも許される、つまり国境の街にある治外法権のような空間だ。スローフード協会が発行する「Osterie d’Italia」は特徴的な食文化のある街ではそれぞれガストロノミー・スポットを紹介しているが、トリエステでは「ブッフェ」が紹介されているので機会があれば読んでみて欲しい。

「ダ・ペピ」は1897年創業の老舗ブッフェで独特のボッリート・ミストというかさまざまな部位の肉を盛りつけた料理が名物の「茹で肉食堂」である。この店を始めて訪れたのは2002年に「イタリアの市場を食べ歩く」でトリエステの市場を訪れた時。2006年には「イタリアの老舗料理店」でトリエステの老舗料理店「スーバン」に食事に訪れる前、「ダ・ペピ」で軽食のつまみでフルに食事をしてから出掛けるという愚をおかし、ふうふういいながら「スーバン」で「豚のすね肉ロースト」と格闘した記憶もある。

以来9年ぶりに訪れた「ダ・ペピ」は変わらずそこにあった。以前訪れた際の茹で肉職人の姿は見えなかったが、相も変わらずカルダイアと呼ばれるブッフェ専用のボッリート台ではビュルステルやアリスタ、ザンポーネ、パンチェッタなどなどが湯気をあげて客が来るのを待っている。伝統のピアット・ミストx2は18ユーロで、何が入っているかというとPuntine、Cotechino、Zampone、Carne、Pancetta、Lingua、Testina、Piede、Orecchio( a richiesta)、Salsiccia Cragno 、Salsiccia Viennaの中からアトランダムの盛り合わせで登場する。つけあわせはザワークラウト。

かつてマリオ・スーバンはトリエステ料理の特徴を「ミッテル・エウロペオ」つまり中央ヨーロッパ料理だと定義したが、ビジュアル的にはまさにその通り。トマト、オリーヴオイル、季節の野菜、といった地中海的要素はここにはない。この地味あふれる素朴な茹で肉にセナペとクレンをつけながら黙々と食べていると、やはり東欧のどこか見知らぬ街の駅前あたりにある気分になる。この日きづいたがコテキーノ、ソーセージ、ザワークラウトは自家製ではなくできあいのもの。それでもトリエステに来るとどうしてもこの「ダ・ペピ」の茹で肉が食べたくなる。食後に頼んだアマーロはPELINKOVAC(ペリンコヴァッチ)というスロヴェニア製というおまけつき。どこまでもエキゾチックで異国情緒漂う街。

匡克 池田
About 匡克 池田 (1167 Articles)
1967年東京生まれ。イタリア国立ジャーナリスト協会会員、フォトジャーナリスト。日本で出版社勤務後独立、1998年よりフィレンツェ在住。「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「フィレンツェ美食散歩」「伝説のトラットリア、ガルガのクチーナ・エスプレッサ」など著書多数。2011年に池田愛美と株式会社オフィス・ロトンダ設立。国際料理コンテスト「Girotonno2014」「Cous Cous Fest2014」で日本人初の審査員となる。 http://www.office-rotonda.jp https://www.facebook.com/ikedamasa
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