現代イタリア料理の巨人マルケージ85才を迎える

イタリア料理を語る上で欠かせない巨人は歴史上3人いる。ひとりは古代ローマでレシピ集を記したアピシウス。フェリーニの映画「サテリコン」にあるようなローマの響宴を書き記した歴史上もっとも重要なレシピ集は「古代ローマ料理 アピキウスの料理帖」など日本語にも訳されているので目にしたことがある人も多いのではないだろうか。2人目に関しては議論の別れるところでもある。12世紀にパレルモ近郊の地理、風俗、文化を書にしるし「ひも状のパスタを天日に干すのを見た」と歴史上始めて乾燥パスタの現場を地中世界に広めたアラブの地理学者アル・イドリジか、あるいは中世におけるベストセラー・レシピ集を記したマルティーノ・ダ、コモか、はたまたフィールドワークを元に史上始めてイタリア料理を体系的にまとめたアルトゥージか。しかし3人目、現代イタリア料理を世界的レベルにまで押し上げた功労者に疑いを抱く人はいないであろう。3月19日で85才を迎えたイタリア料理の巨人グアルティエロ・マルケージである。

35才してトロワグロの元で研鑽を積み、1977年に地元ミラノで始めて自分のリストランテをオープン。すぐにミシュラン1つ星を獲得し、まもなく2つ星も獲得。1985年にはイタリアのレストラン史上始めてミシュラン3つ星を獲得し、今日わたしたちが日常口にするように、世界の隅々までイタリア料理を浸透させた功績は計り知れない。

マルケージが革新的だったのは、ハリーズバーのアリーゴ・チプリアーニが定義した「イタリア料理とはトラットリア料理である」という命題を史上始めて美的センスで覆してみせたからであった。あまりにもミニマルで美しすぎる代名詞、「黄金のリゾット」はじめ数々の革新的な料理は「ヌオーヴァ・クチーナ・イタリアーナ=新イタリア料理」というムーブメントを産み、ヌーベル・キュイジーヌにおされていたイタリア料理界に自尊心と向上心を吹き込んだ。

また、現代のイタリア料理界はマルケージ・チルドレンと訳される「マルケジーニ」たちによって構成されているといっても過言ではない。エンリコ・クリッパ(Piazza al Duomo@Alba=ミシュラン3つ星)、パオロ・ロプリオーレ(元Il Canto@Sienaなど)、カルロ・クラッコ(Carlo Cracco@Milano=ミシュラン2つ星)、ピエトロ・リーマン(Joia@Milano=ミシュラン1つ星)、ダヴィデ・オルダーニ(D’O@Cornaredo,Milano=ミシュラン1つ星)、アンドレア・ベルトン(Berton@Milano=ミシュラン1つ星)らを筆頭に、いわゆるインスパイア系としてはかのマッシモ・ボットゥーラ(Osteria francescana@Modena=ミシュラン3つ星)、クラウディオ・サドレル(Sadler@Milano=ミシュラン2つ星)などなど。

ミラノを離れてエルブスコに移ったあとはやがてミシュランの星を返上して名誉横綱としての地位を確立し、イタリア料理学校ALMA校長として後進の指導にあたりつつも、スカラ座脇にレストラン「イル・マルケジーノ」をオープンしてミラノに復活するなど、第一線を退いた感はあるもののイタリア料理界の巨人としての影響力はいまだはかりしれないものがある。もしもこの世にイタリア料理番付なるものが存在するとして、永世名誉横綱にマルケージを推したとしても誰も異論はあるまい。