郷土料理巡礼の旅 アルトゥージ・ブーム再来

イタリア料理好きならば「アルトゥージの料理本」という書名を聞いたことがある方も多いのではないだろうか。イタリア料理の父とも呼ばれるアル トゥージとは後半生を美食家、作家として過ごしたペッレグリーノ・アルトゥージのことで1820年にエミリア・ロマーニャ州のフォルリンポポリに生まれ 1911年にフィレンツェで亡くなった。

彼が書いた「La scienza in cucina e l’arte di mangiar bene」は、あえて訳すなら「厨房の科学と美食法」だが、そのやや固いタイトルではなくイタリア人でさえ「Ricettario di Artusi」=「アルトゥージの料理本」と呼ぶことが多い。

これは19世紀末当時の中北部イタリアの郷土料理を中心としたレシピ集で、それまで貴族の厨房で開発研究されてきたレシピと、民間伝承で口から口 へと伝えられてきた郷土料理のレシピを、イタリア料理史上初めて一般人でも手にすることが出来るように編集したものであった。最初は自費出版だったものの アルトゥージの死後も順調に版を重ねて現在では100版を超え、近代イタリア文学の最高峰「ピノッキオ」と並ぶ超ベストセラーといわれ、イタリア女性が嫁 ぐ際は「Cucchiaio d’argento」=「銀のスプーン」かこの「アルトゥージの料理本」が嫁入り道具の必需品だった、といわれた時代もあったほどである。

この「アルトゥージの料理本」には合計790のレシピが掲載されており、その大部分は現代でもいわゆる定番イタリア料理として世界中で食べられて いるものであるが、この本がいまだに読まれ続けている理由は、時にくすっとさせられる食のウンチクにあり、その文体と手法は現在活躍する多くのイタリア人 料理ジャーナリストにも影響を与えている。

2011年がアルトゥージの没後100周年だったこともあり、地元フォルリンポポリでは2007年にアルトゥージの生家を料理学校、料理博物館な どの機能を備える「カーサ・アルトゥージ」として改装、世界中からアルトゥージ・ファンが集まるイタリア料理の聖地となりつつある。

フィレンツェで活躍する料理ジャーナリスト、レオナルド・ロマネッリはアルトゥージ信奉者のひとりであり、アルトゥージの名前「ペッレグリーノ=巡礼 者」にかけて「ペッレグリナッジョ・アルトゥージ」=「アルトゥージ巡礼」という運動をオーガナイズしている。これはジャーナリストや料理人、料理研究家 などと一緒に2泊3日程度の日程でさまざまな地方へ出かけては地元生産者やワイン、郷土料理を再発見するユニークな食の巡礼紀である。

これまでの連載で紹介してきたクイント・クアルトやDOP食 品を始めさまざまなマイナー・ローカルフードなど、あらゆる現代イタリア料理のキーワードは全てアルトゥージにつながるといっても過言ではない。温故知新 が過去数百年単位で繰り返されてきたイタリア料理のDNAであるならば、没後100年経った現在、機会があれば「アルトゥージの料理本」をひもといて19 世紀末、イタリア統一が成就されたばかりだった当時の料理と思想に思いを馳せてみて欲しい。100年前の料理書がいかに現代イタリア料理界に脈々と受け継 がれているか、そういう意味ではイタリア料理に携われる料理関係者はみなアルトゥージの遺志を受け継ぐ後継者であり、そこに通うイタリア料理好きは日本人 でもイタリア人でも国籍を問わず、みなアルトゥージの巡礼者なのである。

(2013年ダイナースクラブ・イタリアン・レストランウイーク公式サイトCi Sono収録)

 

Masakatsu IKEDA
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池田匡克 Masakatsu IKEDA ジャーナリスト 1967 年東京生まれ。出版社勤務後1998 年イタリアに渡り独立。旅と料理のビジュアル・ノンフィクションを得意とし、イタリア語を駆使したインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ」など多数。 2003年度「シチリア美食の王国へ」がイタリア文化向上に貢献した出版物に送られるマルコ・ポーロ賞(イタリア文化会館主宰) 最終候補作品にノミネート 2005年よりイタリア国立ジャーナリスト協会所属 2011年株式会社オフィス・ロトンダ設立。現在代表取締役 2014年日本初のイタリアの旅と料理をテーマにしたWEBマガジンSAPORITA設立。国際料理大会Girotonno、Cous Cous Festに日本人として初の審査員に選ばれる

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