ほんもののローマ下町料理Agustarello@Roma

リストランテ「アグスタレッロ」は、ローマの下町テスタッチョ地区にある。現主人アレッサンドロ・コンメントゥッチの父親が始めた店だ。

ローマ中心地を蛇行したテヴェレ川がその流れをまっすぐ海に向かって進み始めた辺りで、川をはさんで北はトラステヴェレ地区、南がテスタッチョ地区となる。どちらも下町と呼ばれているが、トラステヴェレが住宅街であったのに対し、テスタッチョは屠畜場(マッタトイオ)を中心に発展した、“荒くれ者”が住む町だった。

今はもうマッタトイオはないが、古くからこの地域はローマの胃袋を支える地域であった。古代ローマ時代、海からテヴェレ川を遡って運ばれた食材やオリーブオイルの集積所がテスタッチョだった。当時はオリーブオイルやワインを運ぶためにアンフォラと呼ばれる素焼きの壷が使われていたが、破損したアンフォラが大量にテスタッチョから発見されている。つまり貝塚のようなアンフォラ塚があった場所だ。

時代は下って1950年代。当時、マッタトイオで働く男たちは朝の仕事を終えると近所の酒屋にたむろし、ワインを飲みながらカード遊びに興じるのが常だった。そんな酒屋の一軒として1957年に創業したのが「アグスタレッロ」だ。供したのはワインだけ。客の男たちは昼に家に帰って食事をすませると再び酒屋にやってきてカード遊び。一人でワインを3L、4L飲むのは当たり前だった。彼らは日曜になると家族を連れ、家で作った料理も携えてくるようになり、やがて「アグスタレッロ」でも料理を用意するようになった。アレッサンドロの母親が朝仕込んだ料理を、父親が客の求めに応じて出す。酒屋から食堂へと変わっていったのだ。

アレッサンドロは「アグスタレッロ」創業の年に生まれた。そして14歳頃から父親の店を手伝い始める。調理、接客の別なく働いた。まもなく、料理は自分の天分だと感じるようになっていった。ワインにも興味を持ち、ソムリエの資格も取った。時代は移り変わり両親から店を引き継いだ後もアレッサンドロはローマ下町料理にこだわり続けている。また、少しずつ自分なりに改良も施している。「本来、ローマ料理は正しく作ればもっとも軽い料理である」というのが持論だ。食事の95%は自分で作った料理を食べているというアレッサンドロは、今年58歳になるが、肌は驚くほど若々しい。

現在、「アグスタレッロ」に来るのは大部分が常連客だ。アレッサンドロがガイドブックの掲載をことごとく拒否するため(特にイタリアのガイドブックは掲載の見返りに金品を要求するから嫌だという)、テスタッチョ地区以外ではほとんど知られていない。しかし、口コミで噂を聞いて訪れる人も少なくなく、夜は絶対に予約しないと席にはありつけない。知る人ぞ知る下町料理店、それが「アグスタレッロ」である。メニューの最初のページに、こう書かれている。

Un locale per molti, ma non per tutti…

多くの人のために。しかし、すべての人のためではない

About Manami Ikeda 68 Articles
池田愛美 Manami IKEDA ジャーナリスト、コーディネーター 出版社に女性誌編集者として勤務後、1998年イタリアに渡る。旅と料理の分野でインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「ローマ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「伝説のトラットリア・ガルガのクチーナ・エスプレッサ」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「極旨パスタ」「最新版ウイーンの優雅なカフェ&お菓子」など多数。

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