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イタリア縦断鉄道の旅03トリノからフランス国境を越えて目指すはリヴィエラ海岸(無料配信)

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翌朝目が覚めると、トリノの街は濃い霧に包まれていた。朝早くにホテルからタクシーで郊外に向かう。目指すのはサッシ広場。トリノを見下ろすスペルガの丘へ と上る「サッシ・スペルガ線Tranvia a Dentiera Sassi – Sperga」の始発駅で、丘の上には建築家ユヴァッラの建てたバジリカやサヴォイア家の墓があ る。1884年に開通したこの登山鉄道は1934年に車体下部中央の歯車を使うアプト式に生まれ変わった。総延長3100メートルで標高差425メートル。平均斜度は13.5度で最大傾斜が20度。近年改装を終えて生まれ変わったばかり。

「スペルガといえば俺がまだ小さかった頃スペルガの丘に飛行機が墜落してねぇ。そりゃぁ大騒ぎになったもんだ」

「トリノの選手が全員死んだ『スペルガの悲劇』ですね」

と 白髪のタクシー運転手と言葉を交わす。「スペルガの悲劇」とはサッカーチーム、トリノFCの選手や関係者を乗せた飛行機が悪天候のためスペルガの丘に墜落 し全員死亡するというイタリア・サッカー史上最大の悲劇のことである。その衝撃はあまりに大きく、翌年ブラジルで開催されたサッカー杯にイタリア代表は選手を飛行機でなく船で送り込んだという。

そんな昔話を聞いてるうちにサッシ広場の駅に着く。時刻は8時45分、9時発の列車があるはずなのだが駅はまだ閉まっている。嫌な予感がしたので掃除中のシニョーラに尋ねると「この時期は週末しか運行してないのよ。だから今日はお休み。」との答え。 うーむ、今日は月曜日。そんなことは公式サイトにはひとことも書かれていなかった。

せっかくだから中でも見ていけば、と親切にも駅舎の鍵を開けてくれたので入ってみると、奇麗に修復された駅舎には、昔のトラムが馬にひかれていた当時の様子のまま展示されていた。

サッ シ広場からは近代的デザインのトラムに乗って街中まで戻ることにする。ポー川右岸から旧市街に戻り、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世大通りで下りる。近くのカフェでトリノ名物のヘーゼルナッツのチョコレート「ジャンドゥイオッティ」を買ってホテルへ戻り、荷物をピックアップしてポルタ・ヌオーヴァ駅へと向かう。これから目指すのは一度フランス国境を越えて再びイタリアに戻るルート「クネオ〜ヴェンティミッリア線」である。

2番線から出るのは 11時35分発クネオ行きレジョナーレ。車両は最新型の「ミヌエット」。これはエウロスターETR460、480系のデザインで知られるトリノのデザイン工房ジウジアーロの設計による最新車両。エアロダイナミクスに基づくデザインと現代的かつFSのイメージカラーを踏襲したカラーリングで現行近郊都市線の 主力となっているが、何よりもインテリアがいい。中央部には円形にシートを配置したパノラマ・シートがあり、両サイドの車窓風景を楽しめるサービス満点の作りなのだ。

秋深まるピエモンテの風景を見ながら、ポルタ・ヌオーヴァ駅構内のスーパーで買ったプロシュート・コットをつまみ、よく冷えた ペローニ社の2006年サッカーW杯優勝記念麦酒を飲む。ラベルの写真は懐かしの1982年イタリア代表イレブン。乗客に背を向けて月曜の朝、車内で飲む 麦酒は背徳の味である。

車内に居合わせた会社員風イタリア人が新しい携帯の使い方が分からないから教えてくれ、となぜか私に聞くので一緒に見てあげると、「私は普段は車なんだけど今日は電車。トリノ・クネオ間は90キロしかないのにそれを1時間30分かけていくんだからのんびりしたもんです よね」という。イタリアン・モータリゼーションの本拠地トリノの人らしい言葉である。

12時55分クネオ着。今度はヴェンティミッリア行きだが向かいのホームから発車するのはまたしてもミヌエット。今日は徹頭徹尾パノラミックな旅である。クネオ発13時05分。「ここいいかしら?」と女性車掌が相席してくる。

これからフランス国境である標高1279メートルのコッレ・ディ・テンダへと向かう。リヴィエラ・アルプスの一部であるこのあたりは山が険しく、地図を見る と線路はほつれた糸のように何度もぐるぐると弧を描いてフランスを通過。イタリア再西端にある国境駅ヴェンティミッリアが終点である。

フラ ンス国境を越えたとたん、乗ってくるのはフランス人になり、相席するたび交わす言葉もボンジュール、オーヴォワール、となる。トンネルを幾つもくぐるう ち、やがて車窓には針葉樹林があらわれ、黄葉したフランスの山の中をひたすら走り続ける。フランス領を走ること約1時間。山を越えて徐々に標高が下がるに つれ、オリーヴの木がちらほら見えるようになる。やがてどこまでも広がるオリーヴ畑が見えてくるとイタリアのリグーリア州。ミヌエットはオリーヴの北部限 界線を越えて再びイタリアに戻ってきたのである。

ヴェンティミッリアは街のあちこちでフランス語が聞こえる国境の街で、フランス国鉄SNCFの列車も頻繁に行き交う。なにせここからフランスのマントンまでは列車でわずか10分。ニースでさえ36分で行けるのだから。

ジェノヴァ行レジョナーレで隣のボルディゲーラまで行く。所要時間7分、15時36分ボルディゲーラ駅到着。トリノから17.24ユーロ。

寒 いミラノやトリノから南下して来ると、かの地の寒さが信じられないほどの天気の良さ。リヴィエラ海岸は昔から冬でも気候が温暖な保養地として名高いが、晩 秋にもかかわらず海岸通りを歩いていると、太陽に恵まれたリヴィエラのよさがひしひしと伝わってくる。1分ごとにコートを脱ぎ、手袋と帽子をとり、セーターを脱ぐ。まるで厚い冬の殻を一枚一枚脱ぐように体も足取りも軽くなってゆく。

海沿いにあるホテル・パリージHotel Parigiで線路と海が見える角部屋にチェックイン、この夜は時折通る電車と波の音を聞きながら眠った。

翌朝ホテルから海岸通を駅まで戻り、ヴィットリオ・エマヌエーレ通りを旧市街のある高台へと上る。港が見えたので下りてみると、線路の脇では老人たちが朝か らボッチャに興じていた。空はどこまでも澄み渡り、海は輝くような青。半袖一枚でしばらくリヴィエラの海を眺めていた。気づくと同じような人があちこちにいる。リヴィエラでは時間は緩やかに流れている。

ボルディゲーラ駅のすぐそばにある「イル・テンポ・リトロヴァートIl Tempo Ritrovato(Via V.Emanuelem144 TORINO tel0184-261207)は、伝統的なリグーリア料理を出すオステリア。13時過ぎに訪れると、先客には紳士がひとり。女主人との会話を聞くともな しに聞いていると、このパスタは本来こうあるべきである、うんぬんかんぬん。かなりの食通風。その手の話はこちらも全く嫌いではないし、同じ一人客同士、 会話に割りこもうかと思ったが、二人の会話は延々と続いて一瞬たりともやむことなく、そうこうするうちにいつしかタイミングを逸してしまった。

前菜は塩蔵鱈バッカラを戻してニンニクとオリーヴオイル、イタリアンパセリをきかせた「ブランダクユン」。これまで食べたブランダクユンの中で最も印象深い味。決め手はやはり上質なオイル、それとニンニク。次いで「帆立貝とアーモンドのパッケリ」、ワインは地元産の軽い白「ピガート」。セコンドは干鱈「ス トッカフィッソ」。この干鱈料理はオリーブと白いんげん豆とともに軽く火を通したもので、歯ごたえがとてもいい。隣席の紳士は「戻しが足りない」とさかんにいっていた。

せっかくリグーリアまで来たのだからさらにもう一品、とパスタに戻って「スペルト小麦のフェットゥチーネ」を頼むとさすがに女主人も驚いた。さらに蜂蜜のジェラートを食べて店を出る。

※データは2007年10月当時のものです。

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匡克 池田
About 匡克 池田 (1161 Articles)
1967年東京生まれ。イタリア国立ジャーナリスト協会会員、フォトジャーナリスト。日本で出版社勤務後独立、1998年よりフィレンツェ在住。「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「フィレンツェ美食散歩」「伝説のトラットリア、ガルガのクチーナ・エスプレッサ」など著書多数。2011年に池田愛美と株式会社オフィス・ロトンダ設立。国際料理コンテスト「Girotonno2014」「Cous Cous Fest2014」で日本人初の審査員となる。 http://www.office-rotonda.jp https://www.facebook.com/ikedamasa
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