ローマ下町料理を紐解く その3 Pajata
パヤータpajata、もしくはパリアータpagliataとも呼ばれるこの料理は、ローマ郷土料理のなかでもsconcertante(和を乱すもの、異端児)と言われる。下町出身者でなければその美味しさはわからないと言われ、しかし、ひとたびその旨さを知ったらたちまち虜となり、忘れ得ぬ至上の味となると言う。この禁断の美味の正体は牛の小腸である。
つい先頃までこのパヤータはほんとうに“禁断”であった。狂牛病の影響で牛の内臓を食用とすることが長いこと禁じられていたからで、それが今年の春、ようやく解禁になったのである。禁止期間中は牛の代わりに羊の小腸(これはパヤティーナと呼ばれて区別される)を用いていたが、テスタッチョのトラットリアAgustarelloの料理人アレッサンドロによれば、「全然別もの」。ローマの人々にとってパヤータは牛の小腸でなければならないのである。
牛といっても、仔牛、成牛、乳飲み仔牛といろいろあり、どの年齢層の小腸かで味も変わるという。生まれたての仔牛がいいという人もあれば、成牛が好みの人もいる。また、パヤータといえば普通はリガトーニ・パスタを合わせるものと思われがちだが、リゾ(ゆでた米)を合わせるのも伝統。ローマ生まれの美食研究家Ada Boniは、コントルノ(付け合わせ)としてパスタまたはリゾを添えると書いている。煮込んだパヤータのそばにゆでたパスタや米をサイドとして盛りつけたら、これはプリモではなくセコンドピアットである。否、ピアットウニコと言った方が正しいかもしれない。
いずれにしても、パヤータは、手間のかかる料理である。下ごしらえとして薄皮を剥くのだが、これが素人にはとても難しい。力を込めすぎると小腸から旨味が滴り落ちてしまうからだ。無事に皮を剥いたら、手のひらの長さの1.5倍(およそ25cm)に切り、両端を糸で結んでチャンベッラ(ドーナツ)型にする。鮮度と的確な作業が要求されるこの下ごしらえは信頼のおける肉屋に頼むほうが賢明だとされる。その後は、料理人各人が理想とする味を目指す。Livio Jannattoniの『La Cucina Romana e del Lazio』では、その“理想”の味を実現する手だてとして、レストランChecchino dal 1887のレシピを紹介している。現シェフのエリオ・マリアーニではなく先代、ニネッタ・チェッカッチ・マリアーニのレシピである。
深鍋にオリーブオイルを熱し、そこへ下ごしらえした成牛の小腸、塩、クローブ、黒胡椒を入れ、弱火で加熱する。小腸が焦げたりかたくならないよう時折り丁寧に混ぜる。全体に火が通ったら薄切りのたまねぎ、つぶしたにんにくを加える。白ワインを加えて飛ばした後、蓋をしてごく弱火で15分ほど加熱する。裏ごしした完熟トマトを加え、蓋をしてさらに1時間ほど煮込む。時々、木のスプーンでかき混ぜる。このとき、パヤータをくずさないように。十分味がしみ込んだら火を止めて休ませる。
リガトーニで食べるときは、完成したパヤータを必要な分だけ小鍋にとって温め、おろしたペコリーノ・ロマーノを加え、ゆで上がったリガトーニも加えて混ぜ合わせる。ふるふると柔らかいパヤータは噛むとじわりと汁が迸り、なんともいえない甘味が口中に広がる。ペコリーノ・ロマーノとあいまってクリーム状となり、リガトーニに絡まる。レバーに少し似た、しかし、もっと繊細で優しい味わいが10年余りも禁止されていたとは...ローマ人が歓喜するのも無理はない。