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ローマ下町料理を紐解く その5 Amatriciana

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今年初めに、カルロ・クラッコがTV番組でアマトリチャーナににんにくを使うと発言したことに対して、アマトリーチェ市が抗議した一件は記憶に新しい。アマトリチャーナ発祥の地としては、材料の少しの変更も認めない(さらには、道具、作り方にも細心の注意を払うべしと市のHP上でも表明している)という姿勢は、ある意味天晴れだが、ややもすると原理主義的に過ぎる嫌いがあって息苦しい。料理は、“あるべき原則”と“アレンジの試み”の間を行ったり来たりするものだという、心のゆとりのようなものがあっていい。

それでも、パスタ・アッラ・アマトリチャーナは、その出生が比較的はっきりしているという点で、伝統料理のなかでも異色である。異論がないわけではないが、アマトリーチェ生まれであることはほぼ間違いないというのが一般的な見方だ。

件のアマトリーチェ市のHPによると、まずはトマトを使わない作り方が生まれ、1700年代終わりにトマトソースが加わり、それを牧草を求めて羊とともにローマ近郊に季節移動した羊飼いがローマ人にもたらし、さらにローマに移り住んだアマトリーチェ出身の料理人たちがスパゲッティ・アッラ・アマトリチャーナとして完成させたとある。原点となったトマトを使わない、つまり、グアンチャーレとペコリーノを主材料としたバージョンは、アッラ・グリーチャと呼ばれ、この出生についてガストロノモ・ジャーナリストのLivio Jannattoniは、アマトリーチェよりもさらに北のラツィオとマルケの州境の村、グリシャーノであるとしている。

さらに話が逸れていくが、アマトリーチェはもともとアブルッツォ州ラクイラ県に属していた。1927年にラツィオ州リエーティ県下となったのだが、元の州のイメージからアマトリチャーナはアブルッツォから伝わったと言われることもある。

ともかく、アマトリチャーナはLivio Jannattoniによると、5P(pasta、pancetta、pomodoro、peperoncino、pecorino)から成り立っている。ただし、パンチェッタはグアンチャーレに“強制的に”置き換えられていると注釈もつけている。また、使うパスタについては、アマトリーチェ市はスパゲッティを主張し、Anna Gosetti della Saldaの『Le Ricette Regionali Italiane』とRoberta e Rosa D’Anconaの『La Cucina Romana』では料理名そのものをブカティーニ・アッラ・アマトリチャーナとして紹介している。前者ではブカティーニの代わりにヴェルミチェッリ(太めのスパゲッティ)もしくはリガトーニでも良いとし、後者はローマ人はスパゲッティよりもブカティーニを好むと説明している。同著ではさらにたまねぎも用いているが、これはアマトリーチェ市からすると“許し難い間違い”であろう。

では、アマトリーチェ市が掲げる正しいスパゲッティ・アッラ・アマトリチャーナの作り方を。

鉄のフライパンにEVオリーブオイルを大さじ1、唐辛子1本、刻んだアマトリーチェ産グアンチャーレ125gを入れて強火にかける。因に、グアンチャーレの分量はパスタの1/4が原則である。ドライな白ワイン少々を加え、グアンチャーレに十分火が通ったら(カリカリになる前に)取り出して余分な脂/油分を切って保温する。グアンチャーレを取り出した後のフライパンに種を取り除いて薄切りにしたサンマルツァーノトマト6、7個分(もしくはトマト水煮400g)を加え、塩も加えて数分加熱する。その間にパスタ500gをゆでる。ソースから唐辛子を取り除き、保温しておいたグアンチャーレを戻してひと混ぜする。ゆであがったパスタを皿に盛り、すりおろしたアマトリーチェ産ペコリーノチーズ100gを混ぜ合わせる。ひと呼吸置いたらソースをかけ、混ぜ合わせて完成。食べる時に好みでペコリーノチーズをふりかける。

ところで、ローマでは時としてアッラ・アマトリチャーナではなく、アッラ・マトリチャーナという表記を見かける。All’Amatricianaがアマトリーチェ市が主張する正式名称だが、ローマの方言ではしばしば、アポストロフィの直後の母音が前置詞に吸収されることがあり、それでAlla Matricianaと変化したらしい。これまたアマトリーチェ市から抗議されそうな事象だが、もはや定着した名として目をつぶっているのだろうか。ついでに言えば、日本語表記もアッラ・アマトリチャーナではなく、アッラマトリチャーナとするのが正しいが、そこまでごりごりに突き詰めたら、それこそ息苦しいではないか。

About Manami Ikeda (325 Articles)
大学卒業後、出版社に就職。女性誌編集に携わった後、98年に渡伊。以来ずっとフィレンツェ在住。取材とあらばどこにでも行きますが、できれば食と職人仕事に絞りたいというのが本音。趣味は猫と工場見学。
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