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ローマ下町料理を紐解く その6 Cacio e pepe

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20世紀前半のローマのパスタ料理について、Livio Jannattoniは『La Cucina Romana e del Lazio』のなかで次のように描写している。

「パスタは、人々の暮らしのなかになくてはならない存在だった。まだガスが普及する以前、炭で湯をわかし、その温度をいかに安定させてパスタを正しくゆでられるかが、一家の主婦の資質を計るバロメーターだった。ゆでている間に流しのなかに水を張り、そこにパスタの水切り籠を置き、ゆで上がったパスタを一気にあけて、余熱でパスタが柔らかくならないようにする。そして、食べ終わった後の食器は、その流しにためておいた水で洗うのである。

昔は、パスタに合わせるのはウミド(煮込み)やガロフォラート(牛肉のクローブ煮)のソースで、塊肉を長時間じっくりと煮込んだ末にようやく食べられるものだったが、トマトのおかげでもっと短時間にソースを作ることができるようになった。しかし、もっとも喜ばれたのは、食べたい時にすぐ食べられる“ビアンコ”、つまり、バターとパルミジャーノをかけただけのものだ。」

ローマ人は江戸っ子気質に似て、せっかちだったらしい。さっと食べられるパスタの人気は絶大で、ミネストラやブロードといったものは食卓から次第に消えていった。しかも、パスタはちょっとしたアイディアを試す素材としても重宝だった。ローマの旅籠などではしばしば斬新奇抜な即興ソースが作られ、それが名物になったり、他店が真似をするようなものまであった。その傾向は戦後ますます盛んになり、ウォッカやウイスキー、生クリームを使ったり、いろんな種類の野菜やきのこを同時に使ったり、今ではクラシックと形容されるようなパスタソースも’50〜’80年代に生まれたものが多い。

しかし、なんといってもローマらしい(せっかちな)パスタは、カーチョ・エ・ペペだろう。すぐできるだけでなく、ペコリーノと黒胡椒の刺激がたまらない、赤ワインがほしくなるパスタだ。しかし、Livio Jannattoniは、一見簡単そうに見えて実は奥が深くて難しいと脅かす。調理道具を熟知し、なおかつ素早い動きと判断が要求されるというのだ。では、その作り方を。

パスタをゆで、ちょうどよい頃合いになったら湯から上げる。水分を少し残した状態のところにすりおろしたペコリーノ・ロマーノと黒胡椒を混ぜ合わせ、チーズをよく溶かすように心がける。パスタがもったりと固まることなく、すべるような状態が正しい。

文字にすると簡単だが、実際にローマで、特に下町テスタッチョで食べると、とても自分には再現できないと思う。湯の切り方、混ぜ合わせるタイミングがほんとうにピンポイントで合わないと理想のカーチョ・エ・ペペにはならない。あらかじめペコリーノと黒胡椒を混ぜ合わせ、パスタのゆで湯を加えてすり混ぜて冷めないようにしておくとよい、というのがトラットリアAgustarelloのオーナー、アレッサンドロのアドバイス。

ところで、このパスタに使うのは、スパゲッティもしくはトンナレッリだ。トンナレッリは、アブルッツォ伝統のマッケローニ・アッラ・キターラのことで、ローマではなぜかトンナレッリと呼ぶ。卵と軟質小麦の粉で作ったこのパスタのほうがクリームと化したペコリーノをよく吸収するので、つるつるとした硬質小麦製のスパゲッティよりも相性がいいと言われる。また、リガトーニを使うことも多いが、ゆでるのに時間がかかるので、「食べたい時にすぐ食べられる」このパスタの特性が活かされないのが欠点といえば欠点である。

About Manami Ikeda (313 Articles)
大学卒業後、出版社に就職。女性誌編集に携わった後、98年に渡伊。以来ずっとフィレンツェ在住。取材とあらばどこにでも行きますが、できれば食と職人仕事に絞りたいというのが本音。趣味は猫と工場見学。
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