HIROって誰だ?クルディスタって何だ?

今現在イタリアで、最も有名な日本人料理人といえばHIRO。料理専門の有料放送「ガンベロ・ロッソ・チャンネル」はじめTV番組でその姿を見かけることは多い。人懐っこい風貌と独特の料理スタイルは、ここ2年でイタリア中に浸透し、初のレシピ集も出版した。現在HIROが標榜するのはクルディスタという、まだ日本では聞き慣れないコンセプト。その秘密を探りにローマのガンベロ・ロッソ本社を訪れた。

「こんにちは、HIROです!!」とTV番組のいつものセリフで現れたのがHIROこと正田博彦さんだ。1977年奈良県で生まれたHIROは料理人を志し、大阪阿倍野の辻調理師専門学校へ入学。初めてイタリア料理と出会う。「僕が大阪に出て来た時はイタリア料理ブームのまっただ中でした。落合さんや日高さん、山根さんといったスターシェフが学校に教えに来てくれて、そこで学んだのはイタリア料理を作る楽しさでした。」

大阪の「ポンテヴェッキオ」で10年間かけて技術を磨いたHIROは2006年、29才の時にイタリアへ渡ることを決意する。修業先で選んだのはミシュラン3つ星の「レ・カランドレ」。2002年に史上最年少28才で3つ星ホルダーとなった天才、マッシミリアーノ・アライモと働くことだった。奈良から大阪に出たのも冒険なら、言葉も通じないイタリアで、また一からはじめることはHIROにとってまたしても新たな冒険だったという。2013年にカランドレをあがるまでの7年間、HIROはマッシミリアーノの右腕として3つ星の維持はもちろん、さまざまなチャリティーイベントに参加して経験を積んでいった。その7年間で見て来たのは次世代のことをつねに考えるマッシミリアーノのリーダーシップだった。

そんなマッシミリアーノを見ながら、料理人としてストイックであることも、アーティステッィクであることも大事。3つ星店だと客層も限られ、多くの人々、特に子供と接することはまずない。自分が目指すのは料理の値段じゃなくて、自分は人として何ができるか?ということを考えるようになったという。レ・カランドレを離れたHIROはガンベロロ・ロッソと出会い、TV番組やイベント、料理教室で多くの人と出会う場をえ、現在は子供たちに料理を教えることもしている。これまで料理人としての経験から、辿り着いたひとつの結論がクルディスタだった。

クルードとはイタリア語で「生」を意味する。生魚はペッシェ・クルード、生肉はカルネ・クルーダ、クルディスタとは本来「生で食べる人、生食主義」という意味のイタリア語だ。それは加熱しないという新しい調理法で、実際ガンベロ・ロッソのHIROの番組はマッチの火を吹き消して「加熱はしません」と宣言することから始まる。「僕は生食主義者じゃなくて、加熱に頼らない調理法を提案しています。加熱してビタミンを壊すよりも生で食べたほうがいい場合が多いし、オリーブオイルにしても加熱しないほうがいい。プロフェッショナルな言い方をすれば、美味しさを引き出す、つまりタンパク質をアミノ酸に変える方法としては通常3つあります。1つが加熱。2番目が塩、3番目がレモンや酢を使うこと。生肉を焼けば美味しいのはビステッカを食べれば分かりますが、何でも火を通せばいいわけではない。用はバランスよく食べることが重要。昔の日本は一汁三菜でしたけど、忙しい現代ではついつい電子レンジや焼く、茹でるといった加熱に頼りがちになります。そういう人に、野菜や果物はせめて生で食べようよ、と言いたい。クルディスタとは実はバランス良い食生活の提案なのです。」と語る。

HIROの技法は古代ローマ人の調理法に由来するという。それは保存のための調理法だ。食材の中で最も味が強いのはアンチョビだが、それは加熱でなく塩と発酵からくる味。加熱しなくてうまみを引き出す方法は実は数多くあることをHIROは古代ローマの保存食から学んだ。「ほら、これなんか生でもすごく美味しいんですよ」とローマの海でとれた海老を剥きながらHIROはいう。加熱に頼りすぎず食材本来の味や栄養素を失わない食事が、イタリアが持つ豊かな食材を活かすことなのではないか。そうしたHIROの提案は寿司、刺身の文化を持つ日本から来た料理人が作るイタリア料理の理想型として、多くのイタリア人に受け入れられはじめているのだ。