最新ピッツァ事情:トップガストロノミー界がピッツァに参入?!

パスタと並ぶ“国民食”ピッツァ。しかし、その存在は長いこと軽んじられてきた。美味しいピッツェリアといえば、“本場ナポリ式”かどうかが判断基準の一つであり、ピッツァはどちらかというと味よりも値段、安くてなんぼな代物であることが多く、なんとなくナポリ式なら良し、程度の時代が続いてきたのである。しかし、1990年代にこの流れに乗らないピッツァイオーロが出現する。シモーネ・パドアン(「I Tigli」)とレナート・ボスコ(「Saporè」)の“ヴェローナ組”である。

シモーネ・パドアンは、それまで一人一枚が当たり前だったピッツァを、あらかじめ8等分のスピッキ(片)に切り分け、トッピングも焼く前ではなく焼き上げた生地に載せ、それもフレッシュなチーズやソース、予め調理した魚介や肉、野菜、さらにはナッツやハーブなどもあしらう、いわゆる“グルメ・ピッツァ”を打ち出した。いろいろな具を味わってもらうために切り分け、そしてテーブルを囲む皆でシェアしてほしい、というのがそもそもの出発点であった。特にトッピングの組み合わせは斬新で、高級食材や珍味もどんどん採用。誤解を恐れずに言えば、これはもうピッツァというより高級カナッペである。

レナート・ボスコも具のセレクトには吟味を重ねるが、彼の関心はより発酵に向いていた。研究を重ねてさまざまな生地を開発し、トラディショナル(ナポリ式)、無発酵(粉の香りを強調)、フォカッチャタイプ(厚みがある)、クランチ(歯ごたえのある天板焼き)、アリア・ディ・パーネ(天然酵母のみ、ソフトな生地)、ベーグル・ピッツァ(風味をつけた湯でゆでた生地)など、ピッツァという発酵生地の世界で縦横無尽なアプローチを試みてきた。

こうしたヴェローナ組の活躍が、眠れる獅子であったピッツァ界に刺激を与え、各地にナポリ式とは異なるロジックを掲げたピッツェリアが増殖し、さらにはピッツァを越えて食全般について掘り下げた持論を展開する人も現れた。ローマのガブリエレ・ボンチ(「Pizzarium」)は、ピッツァはほかのイタリア料理同様、農産物と密接につながっているのだから、顔のわかる生産者との直取引で得た素材しか使わないといい、カゼルタのフランコ・ペペ(「Pepe in Grani」)は、ピッツァとは本来その土地の産物で作るものであり、伝統の食材を守ること、つまり使うことによってピッツァそのものの伝統を守ることにつながると語る。こうしたカリスマが発信するさまざまな情報がまた若手を刺激している。

ボローニャの「Berberè」のように、消化の良い生地(ピッツァを食べると後で胃がもたれるという人は少なくない)を目指して、グルテン含有量の少ない全粒粉やスペルト小麦粉、ライ麦粉など多様な粉を駆使するところもある。ちなみに、「Berberè」は自らのピッツァをグルメ・ピッツァとは呼ばず、ピッツァ・モデルナ(現代ピッツァ)と称し、light&slow(軽さの追求、時間をかけて作ること)をコンセプトに掲げる。ナポリ式のような短時間発酵、400度の高温で一分半焼成するのではなく、24時間以上かけて発酵、250〜320度で五分焼く。当然ばんばん作れないから、テイクアウトには応じていない。また、ピッツァを味わうための店だからサイドメニューはほんのわずか、それでも毎夜満席、予約必至の人気店である。

それまで、ゴムのような弾力性(しかも冷めると固くなる)と時に塩っぱすぎることもあったナポリ式ピッツァ一辺倒だったピッツァの世界が、バラエティ豊かな新次元に到達しつつあることは、ピッツァイオーロだけでなく、レストラン界にも少なからぬ影響をもたらし始めている。パドヴァ近郊の製粉会社Molino Quaglia社が運営するピッツァ大学(Università della Pizza)では、PizzaUpというコンベンションが定期的に開催されるが、今年はハインツ・ベックなどアルタ・クチーナのシェフたちが登壇した。ハインツ・ベックの講演テーマはピッツァ生地における水。これまでにも浄化した海水を使う方法などが披露されたことがあったが、ハインツ・ベックはトマトの水分や、ローズマリーの蒸留水などを使って生地そのものに風味をつける方法を提案した。そして結論して曰く、酵母、粉、具、そして水を変えることでピッツァの変化は無限であり、それはアルタ・クチーナの世界で培われた高度な技術によってさらなる広がりを持つだろう、と。今までパスタの進化に貢献してきたトップガストロノミーの料理人たちが、次のターゲットはピッツァに合わせてきている。ピッツァを舞台にした新たなシーンの展開にとうぶん目が離せない。