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サルデーニャの食を訪ねて〜Forum Agroalimentare05 禁断のチーズ、カス・マルツゥ Casu marzu

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サルデーニャの食の話になると、ボッタルガ、パーネ・カラサウ、フレーグラなどとともに必ず名前が挙がるのが禁断のチーズ「カス・マルツゥ Casu marzu」だ。これはその非衛生的な製法から現在EUでは販売が禁止されているため「幻のチーズ」と呼ばれている、サルデーニャの黒歴史の部分をになう代表的食材である。マルツォとはサルデーニャ語でマルチート marcitoつまり「腐った」という意味だ。

その製法はというと、まずペコリーノ、もしくはカプリーノ・チーズにPiophila caseiというチーズバエに卵を産みつけさせる。やがてチーズ内で卵がふ化、幼虫はチーズを食べて育ち、体内の酵素で分解して排泄物をチーズ内に残すことでチーズの熟成が進むというメカニズムだ。擁護派のサルデーニャ人いわく、その強烈な匂いもさることながら幼虫の排泄物が生み出す独特の風味は地元の赤ワイン、カンノナウとあうとか、チーズを食べて育ったのだから不衛生なことはない、という。一方EUでは、この製法は熟成ではなく腐敗である、とか幼虫が体内に残り寄生する可能性がある、とか、人によっては重大なアレルギー反応を起こすこともある、と定義している。

この珍品、これまでサルデーニャを訪れても出会う機会がなかったのだが、今回訪れたチーズ工房の社長にそれとなく訪ねてみると、意外にもあっさり「あるよ、食べるか?」といわれた。その工房の名は秘し、名誉のためにいうならばここではペコリーノ・サルド、ペコリーノ・ロマーノ、フィオーレ・サルドはじめ多くのチーズをきちんとした衛生管理の下行っており、カス・マルツゥは生産していない。通常カス・マルツゥは自家製、自家消費が基本のため工房にはまさか置いてないと思ったが、社長が一度オフィスに戻り、しばらくすると紙に包んだマス・マルツゥを一塊持って来て、気前よくプレゼントしてくれた。おそるおそるその紙包みをあけようとしたところ「冷蔵庫に入れておけば温度は低いから虫は活動しない。それにそのチーズの虫は全部死んでるから大丈夫だよ」という。

この幼虫、つまりはウジだが、はサルデーニャでは「飛ぶ虫」という意味のサルタレッリと呼ばれている。実際に生きている時は数十センチも跳ねるため、サルデーニャでは危険防止のため眼鏡をかけて食べるとも言われている。とりあえず他の参加者たちには内緒で、こっそりとツアーバスにこの禁止食材を持ち帰ったのだが、やはりカス・マルツォをもらった同行者が炎天下の車内に放置したところ強烈な匂いを放ちだし、サルデーニャ州の役人に「これは一体何の匂いだ?」ととがめられる事態があった。

さて、一方こちらはというと、カス・マルツゥを紙とビニールで厳重に包んで常に持ち歩き、ホテルに帰ったら冷蔵庫で冷やし、虫が生き返らないようにつとめながらフィレンツェまで持ち帰り、開封してみた。確かにところどころサルタレッリらしき虫の死骸はあるものの、ぴょんぴょん飛び跳ねるようなことはなかった。香りは確かに強いといえば強いが、ウォッシュタイプに比べればまだおだやかなほう。しかし一口含んでみると塩味も強いが苦みもあり、舌がぴりぴりするような刺激がある。

発酵と腐敗の分岐点は人間にとって有益か、有害かの一点に尽きるが、このチーズは後者に属すると本能的に感じた。後日フィレンツェに住むサルデーニャ出身のシェフにプレゼントしたところ、本人は喜んで食べたが他の家族は誰ひとり手をつけなかったそうだ。さらにリアルなカス・マルツゥの画像や映像は検索すれば出て来るので興味あるかたはそちらをご覧下さい。サルデーニャの強者は生きている虫ごと食べるそうです。

匡克 池田
About 匡克 池田 (1161 Articles)
1967年東京生まれ。イタリア国立ジャーナリスト協会会員、フォトジャーナリスト。日本で出版社勤務後独立、1998年よりフィレンツェ在住。「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「フィレンツェ美食散歩」「伝説のトラットリア、ガルガのクチーナ・エスプレッサ」など著書多数。2011年に池田愛美と株式会社オフィス・ロトンダ設立。国際料理コンテスト「Girotonno2014」「Cous Cous Fest2014」で日本人初の審査員となる。 http://www.office-rotonda.jp https://www.facebook.com/ikedamasa
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