イタリア菓子伝02 オッフェッレ・ディ・パローナ

うっすらきつね色をした、木の葉の形の薄焼きビスコッティ、オッフェッレ・ディ・パローナ。なんの飾りもない素朴な姿は、修道院に伝わる菓子なのかと思わせる。箱だって、デザインはなんだか古めかしく、鐘楼のようなものが描かれていて宗教っぽい感じがしなくもない。しかし現実は、何百年も遡る歴史があるわけではなく、作り出したのも普通の女性達だという。でも、それがなぜか、パローナ・ロメッリーナという小さな町の伝統菓子として作り方は特許で守られ、町が認めたわずか3軒の菓子工房だけがその製造を認められている。そこまでガチガチに保護されている菓子は、あまり例がない。

ロンバルディア州南西パヴィア県ロメッリーナ地区はティチーノ川とポー川に挟まれた地域で人口は2000人ほど、パローナはその中でもかなり古い町である。言い伝えによると、オッフェッレが生まれたのは19世紀終わり頃、その町の女性たちがしばしば作っていたビスコッティの中でも、エレーナとパスクアリーナのコッリ姉妹が作るそれが美味いと評判になった。当初、姉妹のビスコッティは、彼女らどちらかの愛称だった“リニン”と呼ばれていたが、ほどなくして、ラテン語でフォカッチャを意味するオッファをもじったオッフェッレ(単数形はオッフェッラ)と呼ばれるようになった。ちなみに、今も昔も菓子やパンは量り売りが原則なのだが、コッリ姉妹のオッフェッレは作る量が非常に限られていたため、重量ではなく個数で売られていたという。つまり割高なのだが、それでも売れたというから人気のほどが伺える。10月最初の日曜日に行われる村の守護聖人マドンナ・デル・ロサリオの祭りでは、たっぷりと用意されるオッフェッレを目当てに、近隣の町から人々が押し寄せたという。

パローナではオッフェッレの人気が高まるにつれ、それまでの手作りから工場で量産する店が登場し、それに伴い、作り方も少しずつ変化した。中には質の悪いオッフェッレも売られるようになったことから、パローナはオッフェッレの町として1971年にその品質の保護を決定。レシピを製造特許に定め、銘柄と包装デザインを統一。箱の表は緑の地に縁取りした黄色を敷き、緑の文字で”Offelle di Parona”と明示することとなった。現在、この町の決めたルールに則った3軒だけがオッフェッレの製造を担っているのは、こういう背景があったのだ。

オッフェッレはいたってシンプルなビスコッティである。材料は、軟質小麦粉、バター、砂糖、卵、重曹、バニラ、オリーブオイルで、いわゆるパスタ・フロッラを作る。薄く(5mmほど)伸ばした生地を特徴的な木の葉形の型で抜き、オーブンで焼く。これだけである。家庭で作る方法を年配の菓子職人がYouTubeで紹介していたが、常温でポマード状になったバターにグラニュー糖を加えて擦り混ぜ、卵を加えて混ぜたところへ小麦粉とバニラ風味のベーキングパウダーを加えて手で練り混ぜ、ひとまとめにして冷蔵庫で休ませる。冷えてかたくなった生地を軽く練って台上で伸ばし、型で抜いてオーブンで焼くという、これもまたごく基本的なパスタ・フロッラの作り方であった。その他、グラニュー糖を粉糖に置き換えたり、レモンの皮のすりおろしを加える作り方もある。いずれにしても、とても簡単で、お菓子作り初心者でもほぼ失敗なくできる。

製造が認められている3軒のうち、1軒は地元の小さな焼き菓子店だが、他の2軒の製品は北イタリアを中心にスーパーなどでも販売されている。チョコレート味やコーヒー味といったバリエーションもあるが、やはり伝統のプレーンタイプは飽きがこない。軽く優しく、どこか懐かしい味わいのオッフェッレ。温めたミルクや濃いめのストレートティとよく合う。

 

パローナ町が認可しているOffelle di Paronaのメーカー

Forno F.lli Collivasone  http://www.collivasone.it

Le Specialità  http://www.lespecialita.com

Il Forno Più di Bigi

About Manami Ikeda 68 Articles
池田愛美 Manami IKEDA ジャーナリスト、コーディネーター 出版社に女性誌編集者として勤務後、1998年イタリアに渡る。旅と料理の分野でインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「ローマ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「伝説のトラットリア・ガルガのクチーナ・エスプレッサ」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「極旨パスタ」「最新版ウイーンの優雅なカフェ&お菓子」など多数。

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