「サンペレグリノ・ヤングシェフ」日本代表藤尾康浩氏が優勝!!

すでにSNSなどでご存じの方も多いかと思うが、去る2018年5月13日(日)ミラノで行われた料理大会「サンペレグリノ・ヤングシェフ」で日本代表、藤尾康浩氏(「ラシーム」)が優勝した。この大会はイタリアの世界的飲料メーカー「サンペレグリノ」が主催する大会で、世界21地域の予選を勝ち抜いた30歳以下のヤングシェフ21人が2日間に渡って世界一の座をかけて争ったのである。

この「サンペレグリノ・ヤングシェフ」は今回が3回目となるが、実は前回大会からは18ケ月時間が経っていた。大会前日のプレスミーティングの席で、サンペレグリノ社インターナショナル コミュニケーション ディレクター、クレモン・ヴァションはその理由を世界規模で参加者が増え、各地域大会での運営の見直しと整理、さらに以前よりも高いクオリティでの運営を目指すため時間が必要だった、と説明していた。今回世界各地域予選に参加したヤングシェフは2000人で、いずれもその地域を代表するトップ・レストランで主力として活躍する、明日の料理界を担うホープばかりだ。2016年10月に行われた第2回大会にも招待ジャーナリストとして参加したが今回の運営はヴァションが言う通りさらにブラッシュアップかつグレードアップした内容となり、現段階で若手シェフが参加するファインダイニングの世界大会としては間違いなく世界最高水準にあると思う。

「サンペレグリノ・ヤングシェフ」が他のコンテストと一線を画しているのは「メンター」と呼ばれる各地域のトップシェフがコーチ役として参加する点にある。これは各地域予選の審査員を務めるシェフの中から一人が選ばれるもので今回藤尾氏のメンターには銀座ブルガリ「イル・リストランテ・ルカ・ファンティン」のエグゼクティヴ・シェフ、ルカ・ファンティン氏が選ばれた。ルカ・ファンティンはこの大会とは縁が深くこれまでの3大会全ての地区予選に審査員として参加。そして今回初めてメンターとして藤尾氏の後見役をつとめ、8ケ月に渡って料理のブラッシュアップやプレゼンテーションの方法などをともに考えてきた。3月に発表されたASIA 50 BESTでは「イル・リストランテ・ルカ・ファンティン」が初登場で28位にランクイン。ライブストリームを見ていた時、初登場で最高位にランクインしたシェフに与えられる「ハイエスト・ニューエントリー賞」か!!と思ったもののそれは10分も続かず、17位に初登場した「ラシーム」が同賞を獲得したのもいまとなると何かの巡り合わせとしか思えない。

そして何よりも「サンペレグリノ・ヤングシェフ」が豪華なのは「7人の賢人」と呼ばれる審査員シェフの存在。今回審査員を務めたのは以下の通り。いずれも各国各地域を代表するトップシェフばかりだ。

Annie Feolde (Enotaca Pinchiorri / ITALIA)
Virgilio Martinez (El Central / PERU)
Paul Pairet (Ultra Violet / CHINA)
Bret Graham (The Ledbury / UK)
Domenique Crenn (Atlier Crenn / USA)
Margarita Fores (PHILIPPINE)
Ana Ros (Hisa Franco / SLOVENIA)

今回藤尾氏が予選を勝ち抜き、本戦へと挑むシグネチャー・ディッシュは鮎をメイン食材とした「Across the sea」。これは塩焼きで頭から肝まで、という本来日本人が好む鮎の食べ方を一度分解し再構築したもの。和食を好む外国人でも魚を頭から食べるのは苦手、という現状を考慮して頭はパウダーに。肝はクリームとあえてソースとし、香ばしく炙った鮎の皮の中に骨を抜いた身を再度詰め直した。予選の段階ではこれに鮎のコンソメが添えられていたが試食したルカ・ファンティンや前大会のメンター、成澤由浩シェフの意見で方向転換。きゅうり、スイカ、メロンを使ったコンソメとし、鮎本来が持つ初夏の香りを表現して本大会に挑んだ。

藤尾氏は1987年生まれの30歳。15歳でイギリスに留学しパリの大学に留学中にフランス料理に興味を持ち「Passage 53」「Mirazur」などで研鑽を積み、現在は「ラシーム」でスーシェフを務めている。大会初日5月12日午後に登場した藤尾氏の料理の評価は高く、わたしが話した審査員の中ではヴィルヒリオ・マルティネス、マルガリータ・フォレス、そしてアニー・フェオルデが彼を推し、メンターではイタリア代表アントニー・ジェノヴェーゼが。そして数人のヤングシェフが口を揃えて「藤尾がいい」と言っていた。初日の時点で審査を終了したのは21人14人。下馬評では優勝候補に浮上していたのだ。

7人の審査員たちが選ぶ基準は以下の5点に集約される。Ingredients(素材)、Skills(技術)、Genius(才能)、Beauty(美しさ)、そしてMessage(メッセージ性)。現代のトップレストランに求められているのはフードエクスペリエンスとアイデンティティ。未知の食材や未知の味が重視されるのはもちろん、その背後に文化や思想、生い立ちなどいわゆる料理人が生まれ育った環境そのものを料理の中に表現することが求められている。レストランとは世界中から料理を求めて人が集まる場所であり、そうしたゲストには自国文化をきちんと伝えないといけない、というのが現代のトップシェフたちの考え方である。今回参加したヤングシェフたちにはその表現が求められており、藤尾氏は料理を通じて日本の環境や食材に対するリスペクトを表現することに成功したのだ。

あらためて今回参加した21人のヤングシェフの料理を見てみると21人中16人がメイン食材に魚介類を選んでいたが、川魚を選んだのは藤尾氏と、高地型のサーモントラウトを選んだスイス代表のみ。大会開催地であるイタリア、あるいはヨーロッパで新鮮な魚介類を準備した他ヤングシェフと違い、藤尾氏とルカ・ファンティンは日本から鮎を持ち込んだ。絶対的な鮮度という点では鮎を選んだ時点で大きなハンデがあったが、2人はハンデを逆手にとってストロングポイントとした。食材に対して最もリスペクトしていたヤングシェフに与えられる「アクアパンナ賞」も藤尾氏は同時受賞したことがなによりその証明であろう。

ミラノのトルトーナ地区に作られた特設会場では最終的に3人のヤングシェフが選ばれ、マッシモ・ボットゥーラが彼らに熱いエールを送ったあと最終的に名前が読みあげられたのは藤尾康浩氏だった。大会期間中もさんざん「もっとしゃべれ」「もっと喜べ」とさまざまなシェフから言われていた藤尾氏だったが優勝の瞬間もクール。彼とは対象的にメンターのルカ・ファンティンが壇上で泣き出したのは、ヤングシェフ本人はもとより、国を代表するメンターの重責を物語っていた。

今回大会を通じても和食的ボキャブラリー、たとえば「出汁」「旨味」「昆布」「鰹節」「抹茶」といった料理エレメントがごくごく普通に語られるのを耳にした。「いま和食的アプローチは世界のメイン・ストリームとなっている」とは審査員ヴィルジリオ・マルティネスの言葉だが、そうした日本的アプローチが単なるトレンドではないことを藤尾氏は今回世界に証明してくれた。こうして振り返ってみると、現在まで全3大会の優勝者はマーク・モリアティ(アイルランド)、ミッチ・ラインハルト(アメリカ)そして今回の藤尾氏と、ミシュラン的思考でいうならば料理旧大国であるフランス、イタリア、スペインからはまだ一人も誕生していない。「サンペレグリノ・ヤングシェフ」は料理界の未来を担うヤングシェフの発掘することがもちろん最大の目的だが、そうしたヤングシェフの選出基準は国や地域は問わないボーダーレスで、もちろん性別も問わないジェンダーレス。ボーダーレスという意味では外国で働きながら地区予選を勝ち抜いたヤングシェフや、ルカ・ファンティンのような外国人メンターが実に多かったことが印象的だったし、ジェンダーレスという意味では今大会7人の審査員中4人が女性だったことに集約されている。才能と表現力があれば国籍も性別も問わないというのは審査する側だけではなく、フーディーズたちに代表されるレストラン・ラヴァーズたちにも言えることではないだろうか。同じくサンペレグリノが主催する「世界ベスト・レストラン50」上位に、いわゆる料理旧大国以外の国であるアジアや南米のレストランがいかに多いか、を見ればわかるだろう。

マッシモ・ボットゥーラは常に言う。若い料理人たちは、自国文化を背負い、多くの人に伝える使命を持つアンバサダーだ、と。次回大会では優勝者として登場するのはもちろん、藤尾氏にはすでに多くの招待イベントが用意されている。それは日本の料理レベルの高さや、料理文化の奥深さを伝えるだけではなく、彼に続く多くのヤングシェフが出てくる励みにもなる。自分が働く厨房の外は、実は世界へと直結しているという意識の変革は自ずと仕事への責任感も変化するのではないか。そういう意味でも今回の「サンペレグリノ・ヤングシェフ」で藤尾氏が優勝したのは非常に大きい。その勇気あるチャレンジから生まれた、これ以上ない最良の結果に心から敬意を評し、その栄誉を祝福したい。

池田匡克