イタリア菓子伝07 リッチャレッリ

Ricciarelli

シエナは、トスカーナにおけるフィレンツェの永遠のライバルである。ルネサンス以前より栄え、街並みにはその繁栄の名残がしっかりと見て取れる。歴史や伝統にこだわるところはフィレンツェに負けない。ただ、明るく華やかというよりは、厳かで重厚。菓子も見た目よりも中身の充実で勝負といった趣が感じられ、あまり現代人には受けそうもないが、それがまたシエナの菓子の魅力なのである。代表的なのはパンフォルテやパンペパートだが、これはまた別の機会に譲り、今回注目するのはリッチャレッリだ。

粉砂糖に覆われた表面がところどころひび割れて中の生地が見え隠れしている。テクスチャーは脆く柔らかく、アーモンドの香りとオレンジの香りがふわっと漂う。そして、しっかりと甘い。甘さが贅沢だった時代を今に伝えるのがこの菓子の使命なのかと思うほどである。ところが、実のところ、いつどのようにして生まれた菓子なのかははっきりとしない。伝説によれば、十字軍で東方へと出かけたリッチャルデット・デッラ・ゲラルデスカなる貴族が、現地で食べた菓子を再現させたのが始まりだというが、ヴォルテーラやピサの領主であったゲラルデスカ家にそのような名の人物がいた形跡はなく、しかもリッチャレッリという菓子名が文献に現れるようになったのは19世紀初め頃からで、それ以前はアーモンド粉末を砂糖で練り上げたマルザパーニ(マジパン)の小型を示すマルザパネッティとかモルセレッティと呼ばれていたという。ただ、中世では砂糖、松の実、スパイスを練り合わせたものもモルセレッティと呼んでおり、ひと口とか小片を表すモルセッロという言葉に由来する、小型の菓子の総称としてそう呼ばれていた可能性はある。

では、なぜ、リッチャレッリという名前がついたのか。語源としては、縮らせる、しわを寄せるという意味のアッリッチャーレから来ているのではないかと言われている。再びリッチャルデットの逸話になるが、イタリアに戻って造らせた菓子がトルコのスルタンが履くしわを寄せた靴に似ていたから、という理由づけがされていることもある。伝説の真偽はともかく、リッチャレッリはオリエントからやって来た(あるいは想を得た)菓子であると多くの人が信じているようである。ドライフルーツや蜂蜜に頼らず、砂糖をたっぷり使うところも東方由来を思わせる。

リッチャレッリは、シエナの街中の菓子店ではマストアイテムの一つである。地元の製菓会社による大量生産品も多い。それでいながら家庭でも作りやすい菓子として人気がある。しかも、なぜだかわからないがクリスマスの頃に手作りするのが習わしである。レシピのバリエーションはかなりあり、驚くほど簡単なものから、やや複雑な工程を重ねるものまで幅広い。ベーシックな作り方は、皮なしアーモンド(ビターアーモンドも少量含める)を少量のグラニュー糖とともに細かく挽き、たっぷりのグラニュー糖と細かく刻んだオレンジピールを加え混ぜ、砂糖と水を沸かしたシロップと粉糖も加え混ぜてしばらく休ませる。バニラ風味の粉糖を加えて泡だてた卵白を休ませた生地に加えて練り、小麦粉と粉糖を混ぜ合わせた打ち粉の上で生地を棒状に成形し、端から1個が20〜30gくらいになるように切り、それぞれを台の上で軽く転がすようにして小判形にし、オスティア(小麦粉と水で作る白い薄片。キリスト教のミサの聖体拝領に用いられる)にのせ、表面に粉糖をふり、150度のオーブンで15分ほど焼く。最初にアーモンドを挽くときにグラニュー糖を少量加えるのは、アーモンドから出る油を吸着させペースト状になるのを防ぐため。さっくりとした脆いテクスチャーにするために重炭酸アンモニウムを加えることも多い。また、オスティアは形崩れを防ぐためのものなのでなくても良い。

ほとんど砂糖とアーモンドで出来ているリッチャレッリ、実は2010年にイタリアで初めて菓子としてIGP(地理表示保護)に認定された。正式名称は、シエナのリッチャレッリIGP。この名称を名乗るには以下のような細かい規定をクリアしていなければならない。

・製造地:製造および包装はシエナ県内であること

・形状:楕円を帯びたひし形

・大きさ:長径は50〜105mm以内、短径は30〜65mm以内

・厚さ:13〜22mm以内

・重さ:10〜30g以内

・外見:表面は粉糖に覆われて白く、通ろどころひび割れ、縁は微かに黄金色

・内側:黄金色を帯びたベージュ

・テクスチャー:柔らかく、脆い

・水分量:8〜11.5%以内

・必要な原材料:スイートアーモンド35〜50%、グラニュー糖35〜47%、鶏卵白6〜12%、粉糖5〜8%、膨張剤(重炭酸アンモニウム、重曹)適量

・使用可能な原材料:ビターアーモンド(全体の6%以内)、グルコースシロップまたは砂糖シロップ(全体の10%以内)、蜂蜜(百花蜜、全体の7%以内)、香料(バニラビーンズ、バニラエッセンス、柑橘エッセンスオイル、アーモンドエッセンスなど適量)、オレンジピール(全体の5%以内)、でん粉製オスティア、ソルビン酸(現行法規定内)

・以上の原材料以外の素材、添加物、着色料、保存料は使用不可。

IGPの規定からは外れても、オリジナリティを重視して、より美味しいと思うリッチャレッリを目指す製造者は少なくないし、ロゴマークをつけるための費用を厭う小規模製造者もいる。また、シエナ以外で、ピサ県のポマランチェやグロッセート県のマッサ・マリッティマでもリッチャレッリは伝統菓子として作られている。

About Manami Ikeda 68 Articles
池田愛美 Manami IKEDA ジャーナリスト、コーディネーター 出版社に女性誌編集者として勤務後、1998年イタリアに渡る。旅と料理の分野でインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「ローマ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「伝説のトラットリア・ガルガのクチーナ・エスプレッサ」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「極旨パスタ」「最新版ウイーンの優雅なカフェ&お菓子」など多数。

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