イタリア菓子伝08 スフォリアテッラ

「ナポリには優美なものが三つある。一つは海、もう一つはヴェスヴィオ、そしてもう一つがスフォリアテッラ」。ナポリ中央駅前の菓子店「F.lli Attanasio」の店にはこう書かれた絵皿が掲げられている。ナポリには数々の伝統菓子があるが、中でも一番の自慢はスフォリアテッラなのだ。口が切れそうなほど薄く鋭い刃のようなパリパリのパイ生地、熱々のセモリナとリコッタのクリームにオレンジピールとシナモンが織りなすエキゾチックな香り。微妙とか繊細とか有るか無きかの儚さとか、そういうものとは全く無縁の力強く、エネルギッシュなナポリとナポリ人のイメージそのものといった菓子である。シチリアを訪れた人がもれなく土産として買い求めるのがカンノーリだとしたら、ナポリでのそれは間違いなくスフォリアテッラだ。

南イタリアの菓子は、女子修道院生まれのものが多い。外部との接触を断ち、ほぼ自給自足の修道生活をする中で、菓子作りは有り余る時間を注ぎ込むことができる“奉仕”であった。だからこそ、手間と時間のかかる菓子が多く生まれたのだが、スフォリアテッラはその最たるものの一つである。

1681年、アマルフィ海岸のアマルフィとプライアーノの中ほど、コンカ・デイ・マリーニという地にサンタ・ローザ・ダ・リマ女子修道院が設立された。断崖に佇む堅牢な石造りの修道院では、海へと落ちていくような急斜面に段々畑を仕立てて野菜や葡萄を育て、ワインや保存食などを作っていた。ある時、牛乳で煮たセモリナ粥が余っているのを見た修道女は、そこに砂糖、ドライフルーツ、レモンのリキュールなどを加え、それをパイ生地で包んだ菓子に仕立てた。パイ生地(パスタ・スフォッリア)というものは、すでに古代ギリシャ、アラブ、古代ローマの人々によって一般的に作られていたと考えられているが、暗黒の中世では忘れられた存在だった。14世紀ごろから再び文献に表れるようになり、何層にもなった折りパイ生地の作り方がはっきりと記されているのは、ローマ教皇のお抱え料理人として知られたバルトロメオ・スカッピの料理書「Opera」(1570)で、当時のアルタ・クチーナ(高い技術を要する料理)では不可欠の技法であったことが示されている。

サンタ・ローザ・ダ・リマ修道院で生まれたスフォリアテッラはしかし、その後長い間、レシピは秘密のままで、幻の菓子として守られていた。ところが19世紀初め頃、そのレシピをどうにかして手に入れたのが、ナポリの料理店の主人、パスクアーレ・ピンタウロである。 “サンタ・ローザのスフォリアテッラ”を売り出すことに決めたピンタウロは、料理店を菓子店に変え、スフォリアテッラのレシピも改良。その美味しさは瞬く間に評判となり、小さな店の前には常に人だかりができ、スフォリアテッラを買い求める貴族のご婦人方の馬車が行列をなしたほどだったという。おかげでナポリでは、黒山の人だかりのことを「ピンタウロ的混雑」と言うようになったとか。

ピンタウロが改良したスフォリアテッラは、あちこちの菓子店でも作られるようになり、ナポリを代表する菓子となった。しかし、その作り方は根気と何よりも経験を要する。特に、ベースとなるパイ生地の作り方は独特だ。粉1kgに塩20g、水300gを練り合わせる。人によってはここに蜂蜜を加える場合もある。水分が少ないので生地はなかなかまとまらないが根気よくかき集めてはひと塊りになるように手で押しながらまとめ上げる。一旦休ませた生地をパスタマシンにかけて伸ばす。目盛りを上げながら何度も通して、ごく薄い帯状の生地にし、端から巻いてロール状にする。巻き終わりを50〜60cmほど戻して台上に広げ、幅をさらに広げるように両サイドを手で引っ張って伸ばし、表面にラードを塗る。塗り終わったら生地が薄く広がるようにたえず伸ばしながら端から巻いていく。巻き終わったら再び50〜60cmほどを元のロールから引き出し広げ、薄く伸ばしてラードを塗って、巻いていく。これを終わるまでずっと繰り返し、最後に全体にラードを塗って冷蔵庫で休ませる。数時間後、できれば翌日、生地を太さが直径5〜7cmくらいになるまで中央から端へと手で細くしていく。ここまでの作業は大体二人掛かりでやる大仕事だ。この後、端から厚さ1cmほどに輪切りにし、切り出した生地を両手で持って回しながら、中心から薄くなるように広げていく。この時、中心を窪ませるように意識して、円錐の状態にし、その窪みにフィリングを入れ、縁を閉じる。こうして、ぽってりと膨らんだ貝のような形のスフォリアテッラとなる。フィリングは、沸騰している湯にセモリナを加えて煮、冷ましたところへリコッタ、卵、砂糖、刻んだオレンジピール、シナモン、バニラを加え混ぜたものである。

ラードの香ばしさとパリパリのパイ生地が特徴のスフォリアテッラには、“姉妹”がいる。パイ生地ではなく、クッキー生地(パスタ・フロッラ)を使うスフォリアテッラ・フロッラだ。これに対し、“姉”はスフォリアテッラ・リッチャ(巻き毛のスフォリアテッラ)と呼ぶ。また、アマルフィ海岸の修道院で生まれた“元祖”はサンタ・ローザという名前で、リッチャと同じ生地を焼いた後にクレーマ・パスティッチェーラ(カスタードクリーム)を絞り込み、シロップ漬けアマレーネ(サクランボ)を飾る。さらに、パイ生地を細長く整形して焼いた後にホイップクリームを絞り込んだものは、アラゴスタ(伊勢海老)と呼ぶ。パイ生地の蛇腹の層がエビを思わせるからだろう。

冒頭で紹介した菓子店「F.lli Attanasio」では、スフォリアテッラについての注意書きも掲げられている。曰く、なるべく温かいうちに食べて欲しい。冷めたらオーブンで軽く温めて欲しい。熱いスフォリアテッラは密閉されたところにしまうとパリパリ感が失われるので持ち歩くときは紙包みを鞄などにしまわないこと。云々。でも、作られてから2〜3日はもつので、リコッタを詰めた瞬間からしんなりしてくるカンノーリよりはずっと扱いやすい。ナポリで買って飛行機で帰って、低音のオーブントースターで温めれば、あのシナモンとオレンジの香りが漂ってくる。目を閉じればそこはナポリ。にぎやかな街の喧騒が耳に蘇ってくる。

 

n.d.a.

サンタ・ローザ・ダ・リマ修道院は現在ラグジュアリーホテルとなっている。

Monastero Santa Rosa Hotel & Spa

About Manami Ikeda 68 Articles
池田愛美 Manami IKEDA ジャーナリスト、コーディネーター 出版社に女性誌編集者として勤務後、1998年イタリアに渡る。旅と料理の分野でインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「ローマ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「伝説のトラットリア・ガルガのクチーナ・エスプレッサ」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「極旨パスタ」「最新版ウイーンの優雅なカフェ&お菓子」など多数。

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