イタリア菓子伝09 トルチェッティ

Torcetti

さくさくの軽い歯触りは、一瞬グリッシーニを思い出させる。トリノ生まれの細い棒状のグリッシーニは、17世紀、胃腸が弱くパンの白い部分が消化できない幼少期のヴィットリオ・アメデオ2世のために宮廷医がパン職人に命じて作らせたもの。白い部分がなくほとんど外皮(クロスタ)だけなので、パンというよりはスナックのような粉物である。19世紀のサルデーニャ王カルロ・フェリーチェはグリッシーニが大好物で、観劇の間のおやつとして偏愛したという(*1)。グリッシーニは古くはラード、現在ではオリーブオイルが生地に使われているが、トルチェッティにはたっぷりのバターを使う。グリッシーニと同じくピエモンテ生まれとされるが、ヴァッレ・ダオスタにも同名の伝統菓子がある。

二つの州のどちらが本当の故郷なのかを探るのは難しい。現在、トルチェッティが作られているのは、ピエモンテのカナヴェーゼ地区、ビエッラ、ランツォ渓谷、そしてヴァッレ・ダオスタのサン­=ヴァンサン(*2)。地図で見ればトリノの北一帯と西の一部である。今でこそ行政区域が異なるが、文化圏としてはほぼ同じ、かつてのサヴォイア王国のお膝元だ。それでも、トルチェッティの形状には微妙な地域差があり、バターは少なめ、全体に細くカラメル色をしているのはランツォ渓谷地域やアリエ(イヴレアの南、サヴォイア家の別荘があった町)の特徴で、ビエッラやトリノ近郊、サン=ヴァンサンのトルチェッティはバターが多く全体にふっくらとして砂糖の粒がキラキラしている。

トルチェッティとは、torcere(トルチェレ=ねじる、よじる)という動詞から来ており、グリッシーニのように棒状に伸ばした生地の両端を少しねじるように重ねて輪に形作る。元々は、農村の共同パン窯で、薪を燃やしてパンを焼くのにちょうどいい温度になるのを待つ間、窯の取り出し口のあたりで余ったパン生地に砂糖あるいははちみつをまぶして焼いていたのが始まりだと言われる。1700年代にはtorchietti(イタリア語発音ではトルキエッティ)と呼ばれるねじれ型のパン菓子があったことが、1790年に出版された「Confetturiere Piemontese」(ピエモンテの砂糖仕事)に記されている。その後、サヴォイア家のサルデーニャ王カルロ・アルベルトとその息子でイタリア統一王国の初代王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世に仕えた宮廷料理人ジョヴァンニ・ヴィアラルディの1854年に出版された著書「Trattato di cucina, pasticceria moderna, credenza e relativa confettureria」(料理、現代菓子、貯蔵及び砂糖による保存について)では、torchiettiの基本の生地と三つのバリエーションが紹介されている。18世紀には農家が食べるようなシンプルなパン生地製だったものが、19世紀になると粉の精製度が上がり、バターを使うことでより軽く口当たりの良い菓子となって宮廷でも供されるまでになったのである。さらには結婚式や洗礼式などの祝宴のデザートとしてホイップクリームやザバイオーネとともに食卓を飾るようになったという。

基本的な作り方は、小麦粉にイースト、塩、水を加えて練り、発酵させた後、柔らかくしたバターを混ぜ込み、棒状にして小口から切り、砂糖を広げた台上で一個ずつ転がしながら長さ15cmほどの紐状にし、両端を重ねるように、あるいは指でつまむようにしてくっつける。天板に並べて発酵させてからオーブンで焼く。ごくシンプルだが、ピエモンテ州のP.A.T. (Prodotti Agroalimentari Tradizionali イタリア農林食品政策省が定める州ごとの伝統的食品)に登録されており、トリノやその近郊、ビエッラにはトルチェッティを名物に掲げる菓子店は多い。ピエモンテの旅というとトリノやワインの産地を訪ねるパターンが多いが、トルチェッティを手掛かりにサヴォイア家ゆかりの地を巡るという変化球があってもいいのではないだろうか。

 

n.d.a.

(*1)グリッシーニ誕生にまつわる別の説では14世紀後半にはすでに存在していたという。当時、パンは現在のような量り売りではなく、個数売りであった。そこで、パン屋はグリッシアというパンをどんどん細く薄くして儲けを得ようとし、これをグリッシン(小さなグリッシア)と呼んだのである。

 

(*2)

サン=ヴァンサン名物のトルチェッティについての逸話。この街を訪れたイタリア統一王国の王妃マルゲリータ(ナポリでピッツァ・マルゲリータを捧げられたことでも有名)がそのあまりの美味しさに、滞在中存分に楽しめるだけのトルチェッティを仕入れるよう命じたという。

トルチェッティが買える店

Pasticceria Alfonsi Agliè, TO

Mulin d’Barot Lanzo Torinese, TO

Pasticceria Roletti 1896 San Giorgio Canavese, TO

About Manami Ikeda 68 Articles
池田愛美 Manami IKEDA ジャーナリスト、コーディネーター 出版社に女性誌編集者として勤務後、1998年イタリアに渡る。旅と料理の分野でインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「ローマ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「伝説のトラットリア・ガルガのクチーナ・エスプレッサ」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「極旨パスタ」「最新版ウイーンの優雅なカフェ&お菓子」など多数。

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