イタリア縦断鉄道の旅16 アレッツォにキアナ牛の面影を尋ねて

 

トスカーナ州東部の中心都市、アレッツォまではフィレンツェからインテルシティで31分。各駅停車のレジョナーレでのんびり行っても1時間少々で着く距離にある。毎月第一日曜日には街の中心グランデ広場に骨董市が立つ。アレッツォ近郊の出身の喜劇俳優兼映画監督ロベルト・ベニーニが映画「ビューティフル・ライフ」の舞台としてアレッツォを選び、ヒロイン役であるベニーニ夫人ニコレッタ・ブラスキといつも挨拶を交わしていたのもグランデ広場である。

11時にフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラを出発したフォリーニョ行きレジョナーレは長距離なので編成も長大、インテルシティなみの速度で走り、あっという間の47分後にはアレッツォ駅のホームに着いていた。ふと見ると1番線の片隅に見慣れぬ銀色の列車が停車しているではないか。いちはやく気付いたのは私と、鉄道ファンらしきカメラを持ったイタリア人おじさん2人のみ。素早く近寄って見てみると。案の定それはデビュー間近の最新型エウロスターETR600系だった。現行のETR500系に変わる最新型は車両デザインがピニンファリーナから再びジウジアーロに戻り、何よりもスーパー・ハイテクノロジーを満載した車両となることが発表されている。インテリアのスタイリング一新はもとより、最高速度300km/h、車内が無線LANで結ばれて常時ネット接続が可能になるなど話題となる機能満載、2007年中のデビューが噂されている。

車両番号を確認するとやはり001、つまり記念すべき試作車第一号車であった。後で調べたところによるとアレッツォとフィレンツェ・カンポ・ディ・マルテ駅間の試走のため、整備中だったらしい。

同じく駅の片隅に停車しているのはアレッツォ近郊を走るローカル線TFTこと「トスカーナ輸送鉄道Trasporto Ferroviario Toscano」(www.trasportoferroviariotoscano.it/)。車両は主に3両編成のミヌエットを利用し、北はプラトマーニョとカゼンティーノの谷間を縫ってスティアまで。一方南はキアナ渓谷を走りシナルンガまで行く。こうした地名にピンと来たかたは相当な食通である。トスカーナではプラトマーニョといえばプロシュートで名高く、キアナ渓谷といえばビステッカ・アッラ・フィオレンティーナで知られるキアナ牛の産地。ともにトスカーナでも第一級の食材供給地。うまくいけば車窓からこうした豚や牛に出会えるかもしれない。どちらの路線もアレッツォ近郊の丘陵地帯を見ながら走るひととき、なかなかのものである。

アレッツォは中世の街並が見事に保存された街で、旧市街の坂道を歩くと、ルネッサンスよりさらに古い13、14世紀の面影があちこちに漂っている。サン・フランチェスコ教会、市庁舎、ドゥオモ、詩人ペトラルカの生家と歩き、建築家ヴァザーリが設計したロッジャのあるグランデ広場に出る。坂の途中にあるため傾いた広場は一種独特の作りで、周囲には骨董屋が並ぶ。

坂の途中にあるオステリアでアレッツォ近郊コルトーナ産のメルローを飲みつつ、アレッツォ風クロスティーニをつむ。さらにキアナ牛のタリアータを頼むがこれは期待はずれ。火は通り過ぎで肉はぱさぱさ、しかも塩は足りず、飾りのサラダはスーパーで売ってる長期保存パック・サラダだった。値段の割に量も全く物足りない。

なので駅に近い「ダ・グイドDa Guido(Via Madonna del Prato,85 AREZZO tel0575-23760)」へ。営業も終わりかけのようだったが暖かく迎え入れてくれ、「今日のパスタはこれとこれとこれ。セコンドはいろいろあるけど肉がいい?それとも野菜?」と店の娘がいろいろ聞いてくれる。まずはソラーナ産の白インゲン豆とスペルト小麦を使った熱々のズッパ。ようやく人心地ついた気になる。次いで子羊のカルチョーフィ衣、というのを頼むがこれは見目麗しいトラットリアにしては少々手のこんだリストランテ系料理。

ようやく満足して店を出、夕暮れが近づいて来た通りを駅へ向かう。駅のバールで食後のカフェ。駅のバールには必ず一度は入ることにしているが、アレッツォ駅のバールにはピッツェリア・レストランもあり、なかなか充実している。エウロスターはじめイタリアの主要駅のバールやレストランは今やモデナのクレモニーニ社が経営する「シェフ・エクスプレス」というケータリング・サービスが完全に仕切っており、全国どこへ出かけても画一的で面白みにかける。かつての駅弁売りは姿を消し、ヴェネツィアでもフィレンツェでもローマでも同じパニーノがメニューに並ぶのはなんとも味気ない。しかしアレッツォはじめ地方の駅は個人経営のバールが頑張っており、ワインも食べ物も地元産食材をちゃんと使っている。こうした地方駅のバールにもイタリアを鉄道で旅する醍醐味は隠されている。