イタリア菓子伝11 ブッチェッラート

Buccellato di Lucca

フィレンツェからの小旅行先として人気のルッカは、共和国時代に築かれた城壁に囲まれ、時が止まったかのような中世の街並みが残る美しい小都市である。大きな戦争に巻き込まれたことはなく、絹織物業と銀行業、そして近隣の農業に支えられ、静かに、しかし確かな繁栄を享受してきた。現在のルッカは、春や秋の観光シーズンや、月に一度の蚤の市の時は賑わうが、年の半分はひっそり、のんびりとしている。

この街の名物菓子といえば、ブッチェッラート。レーズンとアニスシードが入った甘いパンだ。街中のパン屋や食料品店のウインドウには必ず並んでいる。

ブッチェッラートという名は、ラテン語のbuccellatum(兵士の糧食パン)から来ており、その元となったbuccellaとはイタリア語で言うところのboccone(ひと口、美味しいもの)である。中世になるとbuccellatusは、臣下が領主に捧げる甘いパンを指すようになり、また、子弟の堅信式の際に振舞われるパンとして、場合によっては直径1mほどの大きなブッチェッラートが作られることもあったという。当時のブッチェッラートは真ん中が空洞のドーナツ型だったが、現在作られているのは、食べやすさや持ち運びを考え、ほとんどが棒状である。

ブッチェッラートがルッカの文献に初めて現れたのは15世紀で、とある女が自分の夫を殺害するためにブッチェッラートに毒を仕込んだという記録がある。また16世紀になると、ブッチェッラート人気に目をつけた共和国政府が、その販売に特別税をかけたという。その税の使い道は、セルキオ川の護岸工事費用だったというが、真実はいかに。

さて、作り方である。フィレンツェのパン・ディ・ラメリーノ(ローズマリーとレーズンの入ったパン)やシエナのパン・コ・サンティ(くるみ、レーズン、黒胡椒の入ったパン)のように、ベースは普通のパン生地、そこに甘みや香りを足すという方法は変わらない。小麦粉、砂糖、ぬるま湯に溶かした生イーストを混ぜ、生地が均一になったらバターを加え、練り上がったところにアニスシード、ぬるま湯で戻したレーズン、塩、好みでレモンやオレンジの皮を加え、発酵させた後成形し、表面に縦にクープを入れ、成形発酵、表面にシロップを塗り、焼き上げる。その昔はバターの代わりにラードを使ったという。また、水の代わりに牛乳、さらに卵や卵黄を加えてよりリッチに作る方法もある。表面に塗るシロップの代わりに蜂蜜、シロップを塗った上に砂糖をまぶすこともある。

ちなみに、ブッチェッラートという名の菓子や菓子パンは他の土地にも見られ、特にシチリアのそれはルッカのものよりも有名かもしれない。シチリアのブッチェッラートは南イタリアらしくアーモンドやイチジク、砂糖漬けのチェードロなどをフィリングにしたドーナツ型のパイで、ずっしりと重くすこぶる甘いが、ルッカのブッチェッラートはごく軽く、菓子というよりはやはりパンである。食べ方は、1cmほどの厚さに切り、クリームや果物を添える。あるいは、ヴィンサントに浸して食べる。日にちが経って乾いたものは軽くトーストしてバターやジャムを塗って朝食に、というのは、1881年創業の老舗菓子店「Taddeucci」のアドバイス。同店では実際に、スライスしてトーストしたブッチェッラートも売っている。軽いラスクのようでもあり、また、プラートの「Antonio Mattei」の元祖ビスコッティ(アニスシード入り)にも近い。

ルッカの街で売られているブッチェッラートはどこのものもだいたい似たり寄ったりだが、時にものすごく固くみっちり詰まった生地だったり、表面がハチミツでべったりしていたり、焼き色が浅かったり、それなりに違いはある。切ってトーストしたラスク風も厚さは色々で、ごく薄いものはストラッキーノやクリームチーズが合うし、厚みのあるものはティラミスやセミフレッドのベースに使うこともある。

Momus Cafèのブッチェッラート

 

薄切りにしてトーストしたFette di buccellato
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池田愛美 Manami IKEDA ジャーナリスト、コーディネーター 出版社に女性誌編集者として勤務後、1998年イタリアに渡る。旅と料理の分野でインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「ローマ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「伝説のトラットリア・ガルガのクチーナ・エスプレッサ」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「極旨パスタ」「最新版ウイーンの優雅なカフェ&お菓子」など多数。