ローマ発、スペイン人女性シェフの創造力「マルザパーネ」

ここ数年ローマのファイン・ダイニングが活発である。それまではモード都市ミラノに押され、伝統料理は相変わらず強いものの新しい話題に乏しかったのも事実。中でも注目なのが「マルザパーネ」のスペイン人女性シェフ、アルバ・エステベ・ルイスだ。

「マルザパーネ」はローマ中心部からはやや外れたピア門の外にある。この直線的デザインのピア門、実はミケランジェロの晩年の作品であり、一連の作品に比べると非常に革新的なデザインなのだが、現代ローマを代表する女性シェフとなりつつある「マルザパーネ」のアルバを象徴しているようにも思える。バレンシア出身のアルバは現在29歳。ミシュラン3つ星、「世界ベスト・レストラン50」で世界一となったこともある「エル・セレール・デ・カン・ロカ」などスペインの名店で修行したのちローマに移り住んだ。「マルザパーネ」シェフに就任した翌年には25歳にして「最注目若手シェフ」に選ばれたことで一躍その名が知られるようになった。

「マルザパーネ」のスタイルは、いうならばネオ・ビストロのスタイル。装飾はあくまでもシンプルに。料理も同じくシンプルだけれどハイレベル、なおかつ価格はカジュアルなビストロ並、というのが現在のイタリアでも人気なのだ。90年代以降に「エル・ブリ」のフェラン・アドリアはじめ、革新的なシェフたちが「ヌエバ・コシーナ・エスパニョーラ」と呼ばれる前衛的スペイン料理で一大ムーブメントを引き起こしたことはまだ記憶に新しい。イタリアでも「オステリア・フランチェスカーナ」のマッシモ・ボットゥーラはじめフェラン・アドリアの影響を受けたトップシェフは数多い。一時期イタリアは、ミシュラン3つ星の数でもスペインにリードされ、若手料理人はイタリアでなく、スペインを修業先に選ぶケースも多くなった。そういった意味では現代イタリア料理にはスペイン的エッセンスが色濃く反映されているのだが、スペイン人がイタリアでシェフになる、しかも伝統料理が圧倒的に強いローマで高い評価を得る、というのはかつて前例がなかったことなのである。

スペイン的エッセンスを取り入れる、という点ではアルバの料理は非常に興味深い。例えばイタリアでブランド豚といえば希少品種であるチンタ・セネーゼやモーラ・ロマニョーラ、スイーノ・ディ・ネブロディなど何種もあるがアルバが選んだのはスペインを代表するブランド豚であるイベリコ。「イベリコ豚背肉のアロスト」は霜降りイベリコを低温調理でしっとりと火を入れ、皮の部分はカリカリにロース。これをやや甘みのあるソースで食べる。パスタに関してもその技術はいかんなく発揮され「アンコウのカッペッレッティ」はアンコウの身を詰めた手打ちパスタだが魚介のブロードをたっぷり注いだ地中海的パスタだが、スモークとともに登場するそのプレゼンテーションも見もの。桜のチップを使ったスモークがパスタに上品な薫香を与えてくれる。

しかし一番人気の料理は?というのは意外にも「スパゲッティ・アッラ・カルボナーラ」と答えてくれた。「カルボナーラ」とはローマの伝統料理で、アマトリチャーナと並びおそらくは世界で最も有名なパスタ料理。ローマのトラットリアならば必ず置いてある永世定番料理なのだが、時に濃厚で重すぎることがある。アルバの「カルボナーラ」は豚のほほ肉「グアンチャーレ」を使い、一度白ワインを入れてアルコールを飛ばす。これは従来の「カルボナーラ」のレシピにはない酸味を加えるためだ。「カルボナーラ」が難しいのは卵黄の火入れで、非加熱で仕上げることもあればミネラル・ウォーターを加えてゆっくりフライパンで加熱するレシピもある。アルバは卵黄を湯せんにかけ、いわばザバイオーネ風にして最後にパスタにかけるので、泡のような卵の食感が味わえる。永遠の都ローマを訪れたら一度は口にしたい、革新的カルボナーラだ。

Masakatsu IKEDA
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池田匡克 Masakatsu IKEDA ジャーナリスト 1967 年東京生まれ。出版社勤務後1998 年イタリアに渡り独立。旅と料理のビジュアル・ノンフィクションを得意とし、イタリア語を駆使したインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ」など多数。2005年よりイタリア国立ジャーナリスト協会所属。株式会社オフィス・ロトンダ代表取締役。2014年国際料理大会Girotonno、Cous Cous Festに日本人として初の審査員に選ばれる。2016年レポーター・デル・グスト賞受賞。