パスタの歴史その8(全9回)現在のパスタ

現在のパスタ

18世紀から19世紀にかけてのパスタ隆盛は、その料理法のバリエーションが増えたことにも一因する。最も貢献したのは、新大陸からやってきたトマトである。スペインが南米から持ち帰ったこの植物は、当初は毒があるとされ、観賞用にとどまっていたが、品種改良されてジューシーで独特の旨味を持つ野菜となった。トマトの良さを最大に引き出すのが、加熱して作る水煮、あるいはソースであり、これがパスタとことのほか相性が良い、となったのである。それまでパスタは、チーズもしくは肉や魚を合わせるのが普通だったが、手軽で美味いトマトソースはあっという間にパスタ料理のトップに躍り出たのだ。

トマトソースのほかにも、各地にそれこそご当地ソースと呼べるものが発達した。バジリコとオリーブオイルで作るペスト・ジェノヴェーゼ、肉たっぷりのラグー・ボロニェーゼ、豚ほほ肉の塩漬けグアンチャーレとトマトソースのスーゴ・アッラ・アマトリチャーナなど、土地土地の素材を使ったパスタ料理が発達した。イタリアのパスタ料理は1800年代終わりから1900年代初め頃までにほとんどが完成し、今もなお、続いているのである。

一方、パスタ業界は20世紀初頭には機械化がほぼ完了し、製造量も輸出量もピークを迎えた。しかしその後、2度の世界大戦を経るうちに、アメリカがパスタメーカーとして台頭し、洗練されたパッケージと大規模な物流システムでイタリアを凌ぐ勢いのパスタ国に成長してしまったのである。競争力のないイタリアの小さなメーカーは消滅を余儀なくされ、特にグラニャーノなど見る影もないほど廃れてしまった。それでも戦後の復興、高度経済成長を経て、イタリアも徐々にパスタ王国の力を取り戻していく。それを牽引したのが、リグーリアのアネージ社、パルマのバリラ社、アブルッツォのデ・チェッコ社などの大手パスタメーカーだ。厳選した硬質小麦、経験と伝統に裏づけられた技術、安定した製品供給によってイタリアはもとより海外輸出も積極的に行った。

1980年代にアメリカで発表されブームになった地中海式ダイエット(この場合のダイエットは痩せるのではなく、健康的な食生活という意味である)もパスタ業界には追い風となった。90年代に入ると、こだわりの小規模メーカーが次々に登場する。そのほとんどが100年前後の歴史を持つ老舗として細々とやってきたのが、品質と味わいを研究し、独自のパスタ製品を手がけるニッチメーカーとして再生したというパターンである。北イタリアのトレントを本拠とするフェリチェッティ社などはその代表で、原料小麦のトレーサビリティを明示したり、有機栽培の硬質小麦粉製や、スペルト小麦やカムット麦など硬質小麦以外の材料100%で製造した「モノグラーノ」シリーズを発売するなど斬新な姿勢で注目を集めた。そのほか、伝統的なパスタ産地であるマルケ州や、グラニャーノの生産者などもオリジナルの製品とパッケージで知名度を再獲得している。

残念ながらイタリアでは今、穀物アレルギーの人が増えている。彼らはパスタはもちろんパンもピッツァも食べることができない。パスタ王国にとっては深刻な問題で、パスタメーカーもグルテンフリーや小麦を使わないパスタの開発に取り組んでいる。伝統と技術と職人魂をもってして、パスタの未来を開拓し続けるのが、パスタメーカーの使命なのである。

 

 

Masakatsu IKEDA
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池田匡克 Masakatsu IKEDA ジャーナリスト 1967 年東京生まれ。出版社勤務後1998 年イタリアに渡り独立。旅と料理のビジュアル・ノンフィクションを得意とし、イタリア語を駆使したインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ」など多数。2005年よりイタリア国立ジャーナリスト協会所属。株式会社オフィス・ロトンダ代表取締役。2014年国際料理大会Girotonno、Cous Cous Festに日本人として初の審査員に選ばれる。2016年レポーター・デル・グスト賞受賞。