北欧ガストロノミー最前線2 Food & Art シェフズ・ディナーの7皿

2018年8月25日、曇天のヘルシンキを朝早く出発し、車で約3時間。フィンランド有数の大都市であるタンペレを経由し、到着したのがFood & Artが開催される森と湖に囲まれた小都市マンッタだ。メイン会場となるイエスタ・パヴィリオンは2014年にバルセロナの建築家グループが設計した、木を基調とした周囲に溶け込むような建築。イベント開催中はこの美術館にある3ケ所の特設レストランで昼夜合計6回、趣向を凝らしたテーマ・ランチ&ディナーが3日間に渡って行われた。最終日に行われたディナーはこのような感じだった。まずはFood & Artのメインシェフ、Pekka Terävä ペッカ・テラヴァが作る7皿のワイン・ペアリング・ディナー”Wine O’Clock” ₡498+VAT24%。それと、森の中にあるバンガロー風の一軒家で行われたのはPaul Svenson ポール・ズヴェンソンによるモダン・スカンジナビアのコースはなんと11皿で₡298+VAT24%。そしてパヴィリオンのメイン会場で行われたのがサン・ペレグリノ・ヤングシェフ5人とボキューズドール・フィンランド代表チームによるシェフズ・メニュー7皿、ワイン・ペアリング付き₡398+VAT24%だ。

“OSPRIADA” salad with sprouts, almond, wheat, mustard leaves and watercress / Constandina Voulgari(GREECE)

まず最初の冷たい前菜はペレグリノ・ヤングシェフから選ばれたギリシャの女性シェフConstandina Voulgari コスタンディーナ・ヴールガリの”OSPIRADA” オスピラーダ。これは彼女が働くクレタ島の女子修道院に古くかわ伝わる伝統料理をアレンジしたもので細かく砕いたアーモンドやスペルト小麦などのシリアルとマスタード・リーフ、クレソンなど香りの強いスプラウトをあわせた、地中海というより中近東を思わせるスパイシーでありながら、かつ動物性脂肪を一切使わないギリシャ的精進料理。

White fish carpaccio with green pesto / Ruslan Evstigneev(RUSSIA)

続く2番目の冷たい前菜はペレグリノ・ヤングシェフ・ロシア代表Ruslan Evstigneev ルスラン・エヴスティグネフの「ホワイトフィッシュとグリーン・ペスト」。ホワイト・フィッシュはイタリアではコリゴーネと呼ばれる高地型淡水魚でヨーロッパと北米のみに生息している淡白な白身魚。この薄切りにブロッコリ、ニンニク、バジリコ、オリーブオイルで作るペストをあわせた見目麗しく、かつ冷たく研ぎ澄まされた鋭利な料理だった。

Raw shrimps and broad bean tempura with Japanese somen, shrimp dashi / YASUHIRO FUJIO(JAPAN)

続いて登場した3番目の冷前菜が2018年度サン・ペレグリノ・ヤングシェフ優勝者、藤尾康浩の料理だが、夏の日本食ということでフィンランド旬の食材であるそら豆と海老をフリットにし、紫蘇を練りこんだ素麺とあわせた「天ぷら素麺」。これに日本から持ち込んだ昆布と干しエビで出しをとり、とかくディルやタラゴンなど北欧でよく使われるハーブではなく、日本の穂紫蘇をトッピング。日本とフィンランドの夏を融合させた料理だった。この素麺にあわせて箸が登場した際、同席したベルギーのアーティスト兼シェフ、Koen Vanmechelen コーエン・ファンメヘレンに「日本人はなぜ箸を使うんだ?」という質問をされたのでイタリアで考えられている逸話をひとつ話した。無論コーエンは来日経験もある世界的アーティストなので箸を使うのも全く問題なく、和食に関してもひととおり経験があることはいうまでもない。

トリノの1つ星「コンバル・ゼロ」のダビデ・スカヴィンは数十種類の野菜で構成される彼のシグネチャー・ディッシュのひとつ「サイバー・サラダ」には必ず箸を提供する。なぜならば、西洋人にとって箸という普段使い慣れない器具を使用することで、食材をいかに箸で捉えるかと沈思し、食材の形状や質感についても普段より集中して観察することになり、普段よりもより深く味わえるよう、というコンセプトを掲げている。また、ミラノ1つ星「ジョイア」シェフ、ピエトロ・リーマンは右手で食べるフィンガーフードを出す際、同時に左手で触る小石をテーブルに出す。これは、右手で料理をつかむ際に論理的、分析的思考を司る左脳が刺激されるが、左手で硬い小石を触ると芸術性や創造性に関する右脳が刺激される。ゆえに脳全体で料理を味わい、楽しむことができるという。この話を総合すれば、西洋人にとって箸を使うことは食材の形状をより深く把握しようと左脳が論理的に分析し、普段見慣れたフィンランドの食材についても新たな発見があるのではないだろうか。という話をしたところ「それは実に興味深い観察だ」としばし黙考。真剣に箸で素麺に取り組む姿が印象的だった。

Grilled potatoes, onions and brown butter / Anton Husa(SWEEDEN)

サン・ペレグリノ・ヤングシェフ、スカンジナビア地区代表Anton Husa アントン・フサが作ったのは、ジャガイモ、ニンニク、ブラウン・バターを使ったシンプルかつ味わい深い料理。ジャガイモの皮を薄焼きチャルダにして滑らかなマッシュ・ポテトとバタークリームをトッピング。スカンジナビア人が喜ぶ旬の食材「夏ジャガイモ」がメイン食材だ。

Halibut with maltbread and tarragon, smoked cauliflower / Kalle Tanner(FINLAND)

続く魚料理は2018年度フィンランド最優秀シェフに選ばれたKalle Tanner カッレ・タンナーが準備した北海産の大平目ハリバット。これを胚芽入りのモルトブレッドで包んで揚げ、いくら、キャビア、生数の子を加えたタラゴン・バター・ソースをシェフ自らがサーブしてくれた。北海の地味を組み合わせた日本人にはどことなく郷愁を覚える料理で、この夜のベスト。

Chicken with mushrooms and cabbage / Ismo Sipeläinen(FINLAND)

メインの肉料理も地元フィンランドのシェフ。イスモ・シペライネンは2015年度フィンランド最優秀シェフに選ばれた実力派。地元産のキノコとともに鳥の胸肉に柔らかく火を入れ、仕上げに鶏のブロードを注いだ軽くてヘルシー、かつ味わい深い料理。フィンランドの家庭料理ロールキャベツを分解し、キャベツは軽くマリネして歯ごたえを残したままトッピング。ファインダイニング・レベルのロールキャベツだ。

Raspberry sorbet, yogurt and beetroot mousse / Elizabeth Landeo(PERU)

最後のデザートは、北欧の夏といえば忘れることのできない食材ラズベリーを使ったソルベ。これにヨーグルトムースとビーツの真紅のムース、そしてアマゾン産カカオの苦味で味を整えたが、カカオの苦味とテクスチャーは、ソルベやムースとは違和感があったのは否めない。それでも北欧の去りゆく夏をラズベリーとともに締めくくる、というのはノスタルジックな演出だった。

そしてグランフィナーレ。この夜も3ケ所同時に行われたテーマ・ディナーが終了し、ステージ上には全参加シェフと主催者であるRiika Kannas リッカ・カンナスの姿があった。それにしても驚くべきはこの小都市Mänttä マンッタに集まる人々の多さだ。恰幅良い紳士淑女がドレスアップして森の中の美術館に続々と集まる光景は、普段のマンッタを知る人には想像ができないだろう。街にはホテルもわずか数件で、お世辞にもアクセスしやすい場所とはいえない。しかし、この機会を逃さんと集まる美食家、健啖家、愛好家たちの姿を見ていると、フィンランド・ガストロノミーの未来は明るいように思える。生真面目で几帳面で時間に性格、ラテンにくらべると寡黙で沈着冷静と、どこか日本人に相通じるところがあるフィンランド人だが、こと食を楽しむことにかけては他のどの国も負けてはいない。今年の夏、マンッタに集った多くのシェフたちの中からフィンランド史上初の2つ星、3つ星シェフが誕生するのもそう遠くない気がする。そうした未来のトップシェフたちの現在地を知る意味でも非常に貴重かつ意味のあるFood & Artだが、今年日本人で参加したのはわたしと藤尾康浩のみだった。フィンランドは日本からもっとも近いヨーロッパであるだけに、来年以降は北欧ガストロノミーに関心ある多くの日本人が訪れてくれたら、と切に願う。イベント詳細は以下の公式サイトから。

www.foodandart.fi/

 

 

Masakatsu IKEDA
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池田匡克 Masakatsu IKEDA ジャーナリスト 1967 年東京生まれ。出版社勤務後1998 年イタリアに渡り独立。旅と料理のビジュアル・ノンフィクションを得意とし、イタリア語を駆使したインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ」など多数。2005年よりイタリア国立ジャーナリスト協会所属。株式会社オフィス・ロトンダ代表取締役。2014年国際料理大会Girotonno、Cous Cous Festに日本人として初の審査員に選ばれる。2016年レポーター・デル・グスト賞受賞。