老舗の力 La Mescita@Firenze

Vissuto 「ヴィッスート」というイタリア語がある。これはVivere「ヴィーヴェレ=生きる」の過去分詞で伊和中辞典(小学館)によれば「経験豊かな、酸いも甘いもかみ分けた」とあるように形容詞的に使用される。人間にあてはめるならさまざまな経験をして成熟した本物の大人、を想像するがこれが古い店や物に使われた場合は果たしてなんと訳すか?この場合は「よく使い込まれた」「馴染んだ」と訳すべきであり、決して古くとも「古ぼけた」とか「ぼろぼろの」というネガティブな表現ではないと思う。1927年創業のLa Mescita「ラ・メッシタ」は、常連たち、酒飲みたちによく使い込まれ生きてきた、まさにVissutoな店だ。

そもそもメッシタ、というのは一般的にはワインを飲ませる気軽居酒屋という意味である。フィレンツェにはルネサンス時代からワインを量り売りで売ったり、グラス売りで飲ませてくれる酒場が多く、そうした店の定番のつまみはクロスティーニかゆで卵、と決まっていた。「ラ・メッシタ」も創業当初はやはりワインを立ち飲みさせる店であり、やがて改装して簡単な食事を出すようになったという。現在の経営者であるAlessio Bravi アレッシオ・ブラーヴィとMirco Panconi ミルコ・パンコーニの代になってからもそのシステムや空間は今も変わらず、昔のままのなんともいえないよく使い込まれた家具や床、カウンターやテーブルが心地よい。IKEAで揃えて1ケ月でオープンしたような店には決して出せない無限の時間の堆積が作り出す味だ。

料理は日替わりメニューでプリモ、セコンドが3〜4種類ずつ。パスタはプレコットで簡単にソースとあえるもの、あるいはオーブン焼き。セコンドは煮込み系ウミドなどあらかじめ仕込んでおいたものがほとんど。つまり早い、安い、うまい、の典型のような店である。しかも、こと値段に関して言うならば同じ老舗のゴッツィよりもさらに一段階安い。ペンネ・コン・サルシッチャは細かく刻んでから炒めたサルシッチャとパスタをあえて味を馴染ませ、大鍋に準備しておいたもの。牛もも肉を一度フライにしてからトマトソースで煮込んだブラチョーラはやはりゴッツィでもおなじみの味だが、こちらはさらに厚く大きく、しかも安い。値段は店頭に飾られたメニュー写真を参考にしてほしいが、5卓限定、昔ながらの老舗の味がここにはしっかりと残されている。他に定番でメニューを飾るのはパスタならカレッティエラ、ルスティカ、セコンドならばトリッパ、ペポーゾ、アリスタ、鶏のタリアータ、サルシッチャ・エ・スピナーチなどなど。いずれもフィレンツェ料理の超定番ばかりで、通ってひとつずつ試してみたくなる。ちなみにワインは1/4、1/2リットルの量り売りのみ、というのも昔ながらの酒場のスタイルで、爽快感を感じるほど潔い。

La Mescita
Via degli Alfani, 70r, Firenze,
+39-347-7951604

 

Masakatsu IKEDA
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池田匡克 Masakatsu IKEDA ジャーナリスト 1967 年東京生まれ。出版社勤務後1998 年イタリアに渡り独立。旅と料理のビジュアル・ノンフィクションを得意とし、イタリア語を駆使したインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ」など多数。2005年よりイタリア国立ジャーナリスト協会所属。株式会社オフィス・ロトンダ代表取締役。2014年国際料理大会Girotonno、Cous Cous Festに日本人として初の審査員に選ばれる。2016年レポーター・デル・グスト賞受賞。