イタリア菓子伝03 パスティエラ

Pastiera napoletana

復活祭の時期になるとスーパーなどでコロンバが山と積まれているのが目につく。でも、ナポリでは復活祭といえばパスティエラである。表面にリボン状のパスタ・フロッラで網目模様があしらわれ全体に黄金色をしたトルタだが、見た目のシンプルさに惑わされてはいけない。大半のイタリア菓子に違わず、素朴な外見なのに味は濃厚である。そして独特の香りがする。初めて食べた時はその香りにびっくりした。例えて言うなら、子供の頃買ってもらったお子様化粧品のような人工的な匂い。こんなもの食べて大丈夫なんだろうかと心配になるような...。その正体は、南イタリアの菓子には頻繁に用いられるアックア・ディ・フィオル・ダランチャ(オレンジフラワーウォーター)。慣れると「あぁこれこれ」と思えるようになるが、それでもたまに使いすぎのケースに遭遇することがあって閉口する。イタリア菓子はレモンの香りやバニラなどを効かせることが多く、その強さが多少行きすぎていても耐えられるようにはなったが、オレンジフラワーウォーターのオーバードースはなかなかハードルが高い。

パスティエラの独特さは、菓子そのものもさることながら、それにまつわる伝説がものすごく豊富であるという点にもある。もっとも有名な伝説は、ギリシャ神話に基づくもの。セイレーン(イタリア語ではシレーナ)と呼ばれ、しばしば人魚のような姿で描かれる海の精が、パルテノペ(古代ナポリ)の湾の美しさを気に入り、その海に住むようになった。毎年春になるとセイレーンは海上に現れ、美しい歌声を人々に聞かせてくれる。人々はそのお礼に若く美しい7人の女性に供物を届けさせた。豊穣の印である小麦粉、再生のシンボルである卵、植物界と動物界の融合を表す牛乳で煮た麦、羊飼いからの捧げものであるリコッタ、春を寿ぐオレンジの花、オリエントからもたらされた貴重な香料と調味料であるシナモンと砂糖。この贈り物を喜んだセイレーンは海の底へ持ち帰り、神々へと捧げた。人々と同じくセイレーンの歌声に魅せられた神々は、その捧げものを材料として、セイレーンの歌声にも負けない甘美な菓子を作り上げた。それがパスティエラである。

ギリシャ神話の時代に砂糖が存在しなかったのは明らかだが、伝説だから細かいことにはとやかく言わない。ただ、パスティエラと呼ばれる菓子がかなり古くからあったことは神話に起源を求めていることからも確かだ。一説によれば、キリスト教以前の古代ローマ時代、春の再来を祝す祭事で農業の女神ケレスに巫女が再生のシンボルである卵を捧げたことに始まるという。また、当時の結婚式に供された、麦とスペルト小麦のパンにリコッタを詰めたものがパスティエラの原型だという説もある。キリスト教が普及して以降だとコスタンティヌス大帝の時代、復活祭の夜の洗礼式の最後に、新たにキリスト教者となった者に与えられた牛乳と蜂蜜入りのフォカッチャに由来するという説もある。さらに細かく、一つの材料に注目した逸話まである。麦を粉に挽かず粒のまま使うのは、豊穣の女神が自らの息子の死を悼むあまりに麦を挽くことができなかったことから、その時期に麦を粉にするのは神への冒涜となるからだというのだ。こうした数々の伝説が意味するところは何なのか。確かなのは、パスティエラが豊穣と神への感謝を表す、かなり儀式的な意味を持つ食べ物だということだ。

古代のパスティエラは当然、今のパスティエラと違うと言われる。時代に合わせ、材料も人の好みも変わってきたからだ。今のようなパスティエラに近くなったのは1600年代頃、サン・グレゴリオ・アルメーノ教会の修道女が、中庭に咲くオレンジの花を使ったパスティエラを作ったことに始まるという。(修道女が作り方を編み出した時代については、16世紀、18世紀から19世紀にかけて等諸説ある。)以来、この教会で作られたパスティエラは、復活祭の贈り物としてナポリの王侯貴族たちに届けられるようになり、その味が近代になるまで守り伝えられたのである。当時のパスティエラがいかに美味なるものだったかを示す有名なエピソードに、19世紀前半の両シチリア王フェルディナンド2世が、“けして笑わない王妃”とあだ名がついていたマリア・テレーザ妃にしつこくパスティエラを勧めたところ、根負けして食べた王妃が思わず笑い出したという話がある。これにはオチがあり、笑った王妃を見た王は、「我が妻を笑わせるにはパスティエラが必要だ。ということは、また再び妻の笑顔を見るには来年の復活祭まで待たねばならぬ」と言ったとか。ちょっとした落語のような話である。

さて、伝説だの逸話だのに事欠かないパスティエラ、現代のパスティエラはどんなものなのか。ネット上にレシピは溢れているが、基本的な作り方はまず、小麦粉、砂糖、卵、バター(伝統的にはラード)でパスタ・フロッラを作り、縁がやや高いタルト型に敷く。下ゆでした小麦を牛乳、すりおろしたレモンの皮とともに煮、リコッタ、砂糖、卵、オレンジフラワーウォーター、バニラ、シナモン、チェードロ(シトロン)ウやオレンジなど砂糖漬けの柑橘を混ぜたところに加え混ぜ、先のタルト型に流し入れ、その表面にリボン状にしたパスタ・フロッラを網目状にあしらってオーブンで焼く。小麦はすでに茹でたものが缶詰などで売られているのでそれを使ってもいいが、自分で茹でる場合には、あらかじめ水につけてふやかす必要がある。レシピによっては水を替えながら三日間つけるとか、準備にはかなり気合がいる。さらに付け加えるならば、パスティエラは作って三日経つ頃が一番美味しいという。復活祭である日曜日に食べるなら、その前の木曜日(ジョヴェディ・サント)に作るべし、らしい。

作るのに手間がかかるパスティエラを手作りする家庭は減っている。それでも美味しいパスティエラを食べたい、しかも復活祭に限らずいつでも、というニーズに答えるべく、ナポリでは一年中パスティエラが売られるようになった。しかも昨今は通販でお取り寄せもできる。真空パックのパスティエラなんて2ヶ月くらい冷蔵保存が可能だ。菓子店では、パスティエラを焼く時に使う金属製のタルト型のまま売っているのが普通である。食べた後はタルト型として使えるのである。老舗菓子店のScaturchioの通販パスティエラには、金属製の蓋まで付いていてパッケージ好きにはたまらない。

ナポリの人々はそれぞれに贔屓の店を持っていて、彼らに「どこのパスティエラがいい?」と聞くとみんな自分の一押しを教えてくれる。その昔、ナポリ土産に、地元のタクシー運転手に教えられた店でパスティエラを買い、列車に乗って膝の上に載せていたら、近くに乗り合わせたクラシコなスーツで身を固めたナポリ紳士達に「Ottima scelta(最高の選択)」とうなづかれたことがある。包装紙に店名が印刷されていたので、出どころはバレバレだったのだ。ナポリの港にある、何てことはないバール・パスティッチェリアのパスティエラだったが、フィリングのしっとり具合や、リコッタだの麦だのオレンジフラワーウォーターだのが一体化して醸す濃醇な香りがすばらしく、いつまでもいつまでも食べていたいと思わせる麻薬のようなトルタであった。

パスティエラには、地域によってバリエーションがさまざまある。麦の代わりに米を使ったり、スパゲッティなどのパスタを使うところもあるという。さらに最近は、フィリングにクレーマ・パスティッチェーラ(カスタードクリーム)を加えたり、麦の粒をミキサーにかけて潰して滑らかなテクスチャーにするなど、より洗練されたものも売られている。次々に出てくる“変わりパスティエラ”に数ある老舗のパスティエラも含めるとそのバリエーションはまさに星の数。自分にとっての一押しを見つけることは容易ではない。

About Manami Ikeda 399 Articles
池田愛美 Manami IKEDA ジャーナリスト、コーディネーター 出版社に女性誌編集者として勤務後、1998年イタリアに渡る。旅と料理の分野でインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「ローマ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「伝説のトラットリア・ガルガのクチーナ・エスプレッサ」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「極旨パスタ」「最新版ウイーンの優雅なカフェ&お菓子」など多数。

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