イタリア菓子伝06 トルタ・メリンガータ

Torta Meringata

バール・パスティッチェリアのウインドウの一番目につくあたりに手のひらほどもあるメリンガ(メレンゲ)が山のように積まれているのをよく見かける。卵白と砂糖を泡立てて乾燥焼きしたものが、いっぱしのお菓子づらをして鎮座しているのが、どうしても不思議でならない。甘いだけのお菓子がなぜこんなに人気なのだろうと。でも、このメリンガは生クリームと一緒になると俄然その存在感が立ち上がる。

フィレンツェに130年以上の歴史を持つトラットリア「Sostanza」がある。“本質”、“栄養物”というストレートな名前のこの店の料理は、その名に偽りなくごくシンプルで、飾りというものがことごとく排除されている。季節感など一切無視した一年中同じメニューでその種類もごく限られているのだが、食についてコンサバなイタリア人の中でも頑なさに欠けては一、二を争うと思われるフィレンツェ人にとっては殊の外安心できる店なのである。その店の定番のデザートが、メレンゲを使ったケーキ、トルタ・メリンガータだ。子供の頃にここで食べたトルタ・メリンガータが忘れられないというフィレンツェ人は少なくない。因みに、このトルタの他にはオレンジのケーキ(ないことも多い)とビスコッティ・カントゥッチーニしかない。

トルタ・メリンガータ、直訳すればメレンゲケーキだが、メリンガータという言葉は一見すると動詞が形容詞化したように思えるが、メリンガーレという動詞はない。泡立てるという動詞はモンターレ、メレンゲやホイップクリームの場合はモンターレ・ア・ネーヴェ(雪のように泡立てる)と表現することが多い。トルタ・メリンガータの正体は、ほぼメレンゲとホイップクリームのみだから、トルタ・モンタータでも良さそうな気もするが、ストレートすぎて美味しそうな響きではない。ヒットするお菓子にはやはり名前にもそれなりの成功要素が含まれているのだろう。

少し脱線するが、イタリアでメレンゲといえば、一般的に呼ばれるところのフランス式メレンゲ(砂糖もしくは粉砂糖を加えて泡立てる一番基本的なもの)である。水と砂糖を120度程度にまで煮詰めたシロップを使うイタリア式メレンゲや、卵白を湯せんにかけながら泡立てるスイス式でもない。この三つの国の名は手法を示す便宜上のもので、由来とは無関係だという。

さて、このトルタの基本的な作り方は、砂糖を加えて固くあわ立てたメレンゲを絞り出し袋で円盤状にしたものを2枚、残ったメレンゲは適当に絞り出し、全てをごく弱火のオーブンでカリッとするまで乾燥焼きする。メレンゲには卵臭さを消し、ツヤを出すためにレモン汁少々を加えることもある。冷めた円盤状のメレンゲの上にホイップクリームをたっぷりのせ、もう一枚の円盤メレンゲを被せ、上面にホイップクリームを塗り、砕いた残りのメレンゲを全体にまぶし付ける。ホイップクリームにはバニラを加えて泡立ててもいい。また、挟むクリームにチョコレートチップを加えることも多い。これを冷凍庫で冷やし固めるのである。

フィレンツェの街中の大概のパスティッチェリアにはトルタ・メリンガータがあることから馴染み深いものであることは確かだが、このトルタがいつ頃から作られるるようになったのかは定かではない。生クリームを泡立てることは中世の頃から行われており、泡立てた卵白を乾燥焼きするメレンゲ菓子は18世紀にイタリア系スイス人菓子職人によって編み出されたと言われている。しかし、生クリームを泡立て、その状態を維持するには低温で管理しなければならない。つまり、冷蔵庫(や冷凍庫)が登場した20世紀前後以降に、冷たいホイップクリームのお菓子が増えていったのは確かだろう。そして、1950年代に生クリームは製菓業界のみならず、料理業界にも広く浸透する。冷蔵庫が各家庭に行き渡るのとほぼ同じ歩みだ。

パスティッチェリアで売られているトルタ・メリンガータは通常、冷凍状態である。食べるためには冷蔵庫でしばらく解凍する。クリームの鮮度とメレンゲの食感が重要なので、解凍したらその日のうちに食べきるのが鉄則。件のトラットリア「Sostanza」のトルタ・メリンガータは自家製ではなく、パスティッチェリアに特注しているものだが、解凍加減が絶妙で冷たすぎず、メレンゲもサクサクのまま。季節が許せば苺よりも香りが強い野いちごを添えるのが常である。

 

NdA

イタリアでは生クリーム(panna)は以下のように分類される。

Panna da caffetteria カフェ用のクリーム。脂肪分10〜20%

Panna da cucina 料理用クリーム 脂肪分20〜30%

Panna da montare/da pasticceria ホイップ用(製菓用)クリーム 脂肪分30%以上 35%程度が平均

Panna doppia ダブルクリーム 脂肪分48%以上

Panna spray スプレー式ホイップクリーム 製菓用クリーム80%以上、砂糖、低脂肪乳 イタリアでスプレー式ホイップクリームの販売が始まったのは1968年。

 

トルタ・メリンガータが買える店

Antica Pasticcheria Sieni Via Sant’Antonino 54r Firenze

Rivoire

Pasticceria Nencioni

「Rivoire」のトルタ・メリンガータ

 

トラットリア「Sostanza 」のトルタ・メリンガータ野いちご添え

 

パスティッチェリア「Nencioni」のモノポーション

 

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About Manami Ikeda 211 Articles
池田愛美 Manami IKEDA ジャーナリスト、コーディネーター 出版社に女性誌編集者として勤務後、1998年イタリアに渡る。旅と料理の分野でインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「ローマ美食散歩」「アマルフィとカプリ島」「伝説のトラットリア・ガルガのクチーナ・エスプレッサ」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「極旨パスタ」「最新版ウイーンの優雅なカフェ&お菓子」など多数。

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