シチリア美食の王国へ08 イル・ムリナッツォ@ヴィッラフラーティ
シチリア料理界で今もっとも勢いに乗るミシュラン二つ星 イタリアはガイドブックが充実している国である。出版点数も多いし、レストラン評価もあの本、この本といろいろやっているが、なんといっても一番の権威はやっぱり『ミシュラン』である。フランスに対しては猛烈に嫉妬と競争心を持つイタリアだが、『ミシュラン』に関しては、やっぱり業界の最有力御意見番であると認めている。実際、毎年新版が出る頃には新聞に「今年のミシュランで上がった店、下がった店」の特集が載り、店のほうも、星次第でこの一年の運命が決まってしまうとあって内心穏やかではないだろう。 「イル・ムリナッツォ」は2002年末に出た2003年版『ミシュラン』でシチリア唯一の二つ星を獲得。かつて一つ星が三軒あったのが二軒になり、今回はそのうちの一軒も消えて、シチリアでは二つ星の「イル・ムリナッツォ」がただ一軒の星付きレストランとなってしまった。シェフ、ニノ・グラツィアーノは、二つ星をとってからというもの俄然忙しくなり、イタリアはおろか、世界各地から招かれてさまざまなイベントや講習会に飛び回る。日本からは「イル・ムリナッツォ」日本店オープンのオファーが来ているという。日本に出店する時はメニューも変更するのかと聞いたら、日本は新鮮な素材があるし、魚の種類だって豊富、材料的には全く問題ない、シチリア料理は日本の人の好みに合っていることはもうわかっているから変更はない、と自信たっぷりである。近年訪れた日本では、ナスに感銘を受けたという。「特に京都のナスが素晴らしい。シチリア料理の根幹をなすものの一つがナスだからね、いいナスがあるところではきっとうまくいくと思うんだ」。 「イル・ムリナッツォ」の料理は、新鮮な魚、肉、野菜を、シチリア伝統料理を見直した(リヴィズィオナータ)手法で軽やかに仕立てられる。バッカラ(塩蔵干タラ)にトマト、オリーブ、ケイパーを合わせるバッカラ・アッラ・メッシネーゼにはじゃがいものピュレを加えてふんわり軽く、フィクッツィ産アスパラガスとネオナータ(シラス)には細い手打ちパスタのタリエリーニで、アスパラの微かな若い苦味とネオナータのごく軽い塩味に繊細なパスタでバランスを図る。素材の出所にこだわり、シチリアらしさを失わずに洗練させていく、それがミシュランで評価された理由かもしれない。 ニノが、我々に強く訴えたのは、料理の世界に終わらなかった。シチリアという土地がこれからどんどん変わること、観光に力を入れ、ホテルも次々と出来、多くの人に来てもらう下地が整いつつあること、マフィアの地シチリアとして語られてきたことは、一面ではマイナスでも他面からは、“まずは知名度ありき”ということで、けしてマイナスではない、逆にその知名度をいかしていくべきなのだ、と語る。十年前は、まだオメルタ(沈黙の掟)が強く、シチリアの人々の口からマフィアに対しての非難がなされることはなかったが、パレルモを拠点として行われたマフィア大裁判の当時の判事が暗殺されて以来、人々は態度を変え、徐々に、しかし積極的に反マフィアを唱えるようになった。ニノも、マフィアの時代は終わったという。それは半希望的な発言だとは思うが、確かにシチリアは変わりつつある。95年以来、シチリアに来る度、パレルモを訪れる度にそれは実感している。二つ星を獲てますます勢いにのるニノに、変わりつつあるシチリアの姿を見たような気がした。
Il Mulinazzo(イル・ムリナッツォ)
s.s.121 loc. Bolognetta,Villafrati (PA)
Tel091-8724870
日曜夜、月曜休み(現在閉店)

パレルモから車で約30分。国道121号でアグリジェント方面に向かい、Bolognettaを過ぎた辺り右側。看板もなく見つけにくいが、そのおかげで街道筋のドライブインだと勘違いされないのだとか。メニューはアラカルトのほか、メニュ・デグスタツィオーネ(トラディショナル、クリエイティブの二つ)42ユーロも。

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