シチリア美食の王国へ18 ワイナリー・グルフィ@キアラモンテ・グルフィ
各街停車の旅、バロックの地方都市めぐり シチリア東南部には回らなければならない街がぎゅっと詰まっている。地図の上でいうならばラグーサ県とシラクーサ県にまたがり、ラグーサ、モディカ、ノートのバロック都市、古代ギリシャの街シラクーサは、駆け足の旅でもぜひ訪ねておきたい四都である。もちろん、時間があるならば、それ以外の小さな街、たとえば、パラッツォーロ・アクレイデ(バロックの街)、カルタジローネ(焼き物の街)などを見て回るのもいい。ともかく、なるべく時間を割いて、丁寧に旅する価値あるゾーンだ。 もちろん、私のいう価値とは、美味しいものに出会えるという意味においてである。しかし、これらの街は食べるだけでなく、眺めるのにも素晴らしく楽しいところである。街をそぞろ歩いて美味しいものを見つけ、そしてまた歩く。車でちょっと移動して、遠くから街を眺めてみる。そんなことを繰り返しているとあっという間に時間が過ぎていく。だから、あらかじめ日程はゆるやかに組むようにおすすめする。 さて、どの街から行こうか。カターニア方面から来るならば、シラクーサへまず南下し、その後、国道115号線をのんびり下ってノート、モディカ、ラグーサへ、逆にアグリジェント方面からならば、同じ国道を西から東へ逆に辿って行くことができる。パレルモから直行するとなると・・・ややしんどいので、カルタジローネで焼き物などを見て回ってできれば一泊し、その後のんびりとキアラモンテ・グルフィからバロック都市を訪ねていくのがいいだろう。 から積みの石垣と高品質ワインの関係は ラグーサに近づくにつれて回りの風景はそれまでのあまり特徴のない山並から、規則的、あるいは不規則的に連なる石垣の景色へと移り変わることに気が付く。シチリアだけでなく、南イタリアではよく見かけるこの石垣、ムーロ・ア・セッコは、直訳で“から積み壁”、セメントなどの接ぎなしに石だけを積み上げたものである。そもそもは耕作のために掘り出した石を利用したのか、素朴な造りの石垣だが、直線あり曲線あり、ラグーサの北側のある山には登頂ぐるりを丸く囲んでいるものもあり(何のために?)、ナスカ平原ではないけれど、何か意味があるんじゃないかと思えてくるから不思議だ。 このムーロ・ア・セッコ、誰にでもできそうに見えて、実はそうでもないらしい。キアラモンテ・グルフィのワイナリー「グルフィ」のゲストハウスに招かれた折に、周囲に築かれた“完璧な”石垣を見せられ、オーナーのヴィート・カターニアに「これほどまでに美しいムーロ・ア・セッコをつくることができる職人はもう本当に少ない」と言われたのだ。 ヴィートは、地元生まれの生っ粋のシチリア人だが、ミラノに会社を持つビジネスマンである。実はフェラーリのレース用エンジン関連のオフィシャル・サプライヤーであり、つまりそれはイタリアでは成功を意味する。要するにお金持ちである。彼は本拠地を完全にミラノに移し、父の代にほそぼそと葡萄を育てていた故郷の土地を売ってしまおうと思ったのだが、売る直前にあらためて地元に戻り、幼い頃を過ごした土地を見て思い直した。「ここでもう一度葡萄を育ててみようか」。ワインづくりを決心したのである。やるからには本腰を入れて徹底的に、というのがヴィートの身上。まったく知識のないワインの世界に文字どおりゼロから出発することになんの躊躇もなかったというからすごい。いいワインをつくるにはどうしたらいいのか、そのとっかかりをつかむために、彼は畑に少しだけ残っていた葡萄の苗と実を持って、イタリア最大のワインビジネス・フェアである「ヴィーニ・イタリー」の会場に乗り込んだりもした。葡萄を見せて関心を寄せる人に手当りしだい話し掛け、「これからワインをつくりたいのだが、どうしたらいいだろう」と相談するためだった。そんなチャレンジャー時代に少しずつ知己を増やし、カターニア出身のエノロゴ、サルヴォ・フォーティという協力者を得て、今やキアラモンテ・グルフィのほかに、リコディーア・エウベアとパキーノにも畑を持つシチリア東南部新進ワイナリーの一つとなったのである。 「いいワインをつくりたいと思ったら、まずは土地を知らなければならない。土地を知るためにはその伝統と歴史を学ぶ必要がある。そうして葡萄づくりは結局、その土地の農民の文化に根ざしていると気付いたのです」とヴィートはいう。畑のつくり方にしても、長年受け継がれているものがあれば、それはなぜなのか、どのように機能するのか、またデメリットは、などと研究し、必要があればどんどん改善する。改善の必要なし、と判断すればそれはなるべく守り続けていくことを意味する。先のムーロ・ア・セッコにしても、天然素材だけで余分な接着剤などを一切使わないのに、雨が降ってもけして崩れることがない(ただし、優秀な職人が築いたものに限るらしい)。第一美しいし、地域の伝統を守るという意味では大切なシンボルだと考え、ヴィートは畑の仕切りに、ゲストハウスのアプローチに、なるべくこのムーロ・ア・セッコを用いるようにした。職人は二人、どちらも高齢である。日の出から日没まで働きづめでも、日に何メートルも進まない。しかし、ヴィートは何年かかっても、グルフィの畑はすべてこのムーロ・ア・セッコで囲うと言って譲らない。なんでも早く大きくなればいいというものではないのだ。 それでもグルフィのワインは1996年に初めて瓶詰めして以来、ワインガイドや雑誌などでも確実に評価を上げているから、急成長といえるだろう。グルフィでは単一畑によるクリュ発想のワインが中心である。栽培する葡萄は黒葡萄のネロ・ダヴォラ、フラッパート・ディ・ヴィットリア、白の原生品種であるアルバネッロ、カリカンテ、モスカテッロ、そして、国際品種のシャルドネ、ピノ・ノワール。2003年春の時点では白二種、赤六種を市場に出している。ユニークなのは、赤六種はすべてネロ・ダヴォラ100%、それぞれのクリュの違いを全面に押し出しているのだ。しかし、フラッパートもピノ・ノワールも植えているし、今後もまだまだ変えていくというから、来年再来年にはまた違ったワインを打ち出してくるに違いない。Gulfi(グルフィ) Contrada Roccazzo, Via Maria SS.del Rosario n.90 Chiaramonte Gulfi (RG) Tel0932-921654 www.gulfi.it info@gulfi.it
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