シチリア美食の王国へ20 アル・カステッロ@ドンナフガータ
山猫とは無関係?ドンナフガータ城を訪ねて 「グルフィ」のマッシモとは、1999年に雑誌の取材で、モディカのリストランテ「ファットリア・デッレ・トーリ」を訪れたときに知り合った。当時、彼はこのレストランの共同経営者で、ワインとサービスを担当していた。現在は経営権を手放して「グルフィ」の仕事に就き、ワインと美味を求めてシチリア中を飛び回る精力的な男である。マッシモはモディカ生まれの地元人で、この辺りを旅する時は必ず彼に連絡をすることになっている。案内人なしの気ままな旅を好む私達だが、時には地元人のディープで的確なアドバイスに従うのも大切。特にシチリアはマフィオーゾ(マフィア的な。身内結束の固いマフィア、転じて、地獄の運もコネ次第、と解釈している)な土地なので、こういう人がいるとそれこそイモヅル式にいろんな人、モノに出会えるわけだ。 その彼と、ドンナフガータにある「トラットリア・アル・カステッロ」に行く。ドンナフガータはラグーサから海に向かって20キロほどの位置にある、同名の城とその前に小さな門前集落があるだけの本当に小さな村だ。このドンナフガータ城をある雑誌で見て、どうしても行ってみたいと思っていたのと、この城のすぐ足元に昔からのトラットリアがあるというので、それでは昼食がてら遠足に、と出掛けたのだ。 城の門前の建物はほとんどが廃虚と化していた。レストラン2軒を除けば人気もほとんどない。村の入り口付近の舗装道路はその辺りで飼われている牛の落とし物でどろどろである。低い塀のところどころ壊れているところから覗けば、可愛い仔牛がいっぱいいた。人や車の喧噪が全くない、時折り聞こえるのは牛の鳴き声くらいのドンナフガータ。時がとまったような世界とはここのようなことをいうのだろう。 ドンナフガータ城の歴史は1000年代に遡り、当時シチリアを支配していたイスラム教徒によって各地に建てられた塔や要塞の一つであったという。城からはジェーラや遠くリカータまで見えたというが、私が訪れた時は、晴れてはいたけれど霞みがかかり、海らしいものが見えるか見えないかという状態だった。歴史的にはこの城はその後、ノルマン時代を経て17世紀中ごろアレッツォ男爵の所有するところとなり、男爵家の夏の別荘として改装を重ねながら、1865年に122室、敷地面積2500㎡の現在の城の形となった。 現在はラグーサ市の所有する歴史遺産として公開され、見学希望者はガイド付きで二階の一部を見学することができる。 城を見学した後は「トラットリア・アル・カステッロ」で昼食。ちなみに、このトラットリアの並びにももう一軒レストランがあって名前を「ガットパルド(山猫)」という。シチリアに多い店名であるが、ドンナフガータ城は、「山猫」の主人公サリーナ公が小説の中で住んでいた城と同名で、だから「山猫」とつけたという単純な発想もここなら許される。(しかし、小説世界とも映画とも関係はない)。 「アル・カステッロ」は入ってすぐはバールカウンター、右側にテーブルが並ぶ広間、左手に厨房がある。シンプルで気さくな雰囲気、庶民的なレストランといった感じだ。オーダーを聞きに来た店主にマッシモは“適当に持ってきてくれ”と頼む。こういう場合、大抵、食べきれないほど持ってくることが多い。別に残せばいいのだが、“残しちゃ悪い”と思う私には時として地獄のひとときとなる。 ワインはパレルモ内陸カンポレアーレでつくられたシラー100%。近頃のシチリアでは国際品種であるフランスの葡萄をせっせと育ててワインをつくる傾向がある。後述するワイナリー「プラネタ」のカベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネの成功も影響しているのだろうが、もともと何を植えても根付いて凝縮した実をつけるシチリアの大地では、時として、単に濃くてヘビーで表情に乏しいワインにしかならない場合も多い。シラーは特にこの“失敗パターン”に陥りやすい品種なのではないだろうか、とこのワインを飲みながら思った。 前菜は、オイル漬けのドライトマト、ナスやズッキーニのグリル、オリーブ、フォルマッジョ・ラグサーノ(ラグサーノ・チーズ)の盛り合わせとスカッチャータ、カポナータだ。保存野菜やチーズの盛り合わせという前菜は、イタリア全国どこでも似たような組み合わせで存在する。それなりに美味しいけれど、保存食なので、酸味もオイルもややきつい。フォルマッジョ・ラグサーノはスローフード協会が推進する「食の砦」(守るべき伝統食材)に指定されているチーズだ。モディカ牛の乳からつくられるそれは、さくっとした独特の感触と素朴な味わい。オレンジやハーブ、さまざまな野の花の香りがすると言われているが、すごく美味しいという印象はない。スカッチャータ(詰め物を薄いパン生地で巻いたもの)は二種類あって、一つはほうれんそうのオリーブオイル煮、もう一つはリコッタとラグーを詰めたものだった。どちらも素朴で、量はたっぷり。この上にカポナータである。ここまででお腹いっぱいになる危険性は充分だ。 しかし、前菜で終わるはずはないので、覚悟してプリモにのぞむ。リコッタを詰めたラヴィオリの豚肉ラグー添えとトマトソースであえたカヴァテッリ(手打ちのショートパスタ)。この店の名物はラヴィオリで、甘みのあるリコッタをたっぷり詰めた大ぶりのラヴィオリに豚をトマトソースでことことと煮込んだソースをこれまたたっぷりと添えてある。素朴で力強い味わいが私好み。やっぱり前菜を食べずにいきなりプリモに入ればよかったのだ。 セコンドはマイアーレ・ファルチート(豚にひき肉だねを詰めたもの)と、サルシッチャのグリル。この二つはとても美味しかった。ひとえに豚がいいのだろう。噛み締めるとじわっと旨味がしみだす豚。そういえば、こんな美味しい豚肉料理は前に一度食べたことがある。キアラモンテ・グルフィの街中のレストラン「マヨーレ」、通称、“豚の王様”で食べた豚料理フルコースだ。ラグーサ地方の名物、豚くず肉のゼリー寄せと豚のサラミ、豚のラグーで味つけするラヴィオリとリゾット、豚のミックスグリル。どれもどかんとお腹を直撃するしっかりとしたボリュームとびっくりするほど濃い豚の味で、もうしばらく豚はいらないと思うほど強烈だった。「味は全然黒豚のほうがいいんだ。昔は黒豚しかいなかったんだけどね、今はどこにでもいる白い豚しか飼われていないのが残念だよ」とマヨーレのおじさんが言っていたのを思い出す。それでも豚肉文化は結構しぶとく生き残っているように思う。「マヨーレ」然り、「トラットリア・アル・カステッロ」然り。 豚肉料理でもう一つ挙げるなら、ヴァッレルンガというパレルモから南西の内陸にある田舎の一軒家レストラン「サン・ヴァンサン」で食べた豚のラグーのスパゲティ。同地にあるワイナリー「タスカ・ダルメリータ」を訪れた時に、近くでお昼ご飯を食べていらっしゃいと教えられた店だった。ここの豚のラグー・スパゲティは、まさにピアット・ウニコ、普通ならソースでパスタを和えて、肉はセコンドとして別に出すであろうものが一緒に盛られて出てきたのだ。しかもそこにはリコッタがたっぷりと混ぜてある。リコッタ・サラータでなく、あのフレッシュのリコッタだ。豚はとろけるように柔らかく旨味がたっぷり、リコッタでさらにこってりと味わいが増している。これがシチリアの豚肉料理パンチ初体験だった。
Trattoria Al Castello(トラットリア・アル・カステッロ)
Donnafugata (RG)
Tel0932-619260
www.alcastellodonnafugata.it
月曜休み  予算目安:20ユーロ

Majore(マヨーレ)
Via Martiri Ungheresi,12 Chiaramonte Gulfi (RG)
Tel0932-928019
月曜休み 予算目安:21ユーロ

SAPORITAをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。