シチリア美食の王国へ32 ダ・ヴィットリオ@メンフィ(無料公開)
アグリジェント県のお食べ大賞はここだ。南西シチリア最強のトラットリア ワイナリー巡りもいいけれど、飲むだけではお腹が満たされないし、パニーノをかじって空腹を満たすというのも寂しい話だ。というわけで、サンブーカ・ディ・シチリアやメンフィのワイナリー巡りの合間に立ち寄るならば、ポルト・パーロにある「ダ・ヴィットリオ」がおすすめ。いや、ぜひここの食事を目当てにワイナリー巡りの計画をたててほしい。 初めてここに行ったのは、プラネタのフランチェスカをインタビューした時。ランチは近くの美味しいところへ、と言われていたので実はかなり期待していた。その時は、彼女のインタビューだけが目的のシチリア出張だったので一泊二日、朝一番にパレルモに着いてそこから車で一時間半のサンブーカ・ディ・シチリアへ、その後ランチを食べて夜にはパレルモに戻り、翌朝一番でフィレンツェに戻るという強行軍だったから、はっきり言ってまともなご飯にありつけるのはこのランチのみ、という切迫した思いもあった。だから、とんでもないところへ連れて行かれたら、原稿もそれなりになるかもね、と密かに思っていたとは今だから言えること。果たして、このレストランは “とても美味しかったところ”と記憶され、一年後に再び訪れたときには、さらにその評価は決定的になった店である。ちなみに、そのランチのおかげでインタビューは素晴らしい原稿になったとは自他共に認めてはいない。 この「ダ・ヴィットリオ」はプラネタのウェブサイトにもおすすめのレストランとしてリストアップされている魚介料理のトラットリアである。海岸に面した飾り気のない建物で、レストランの上にはホテルもついている言うなれば料理旅館である。季節のいいときにはテラスでのランチもできそうだが、私が行った二度とも同じ3月でまだまだ風は冷たかった。店内は広く、気軽な食堂といった雰囲気である。 飲みもののオーダーを受けにきた男性に見覚えがあったので、「前にフランチェスカと来たときに、会いましたよね」とアプローチ。これで相手の印象はぐっと変わるはずである。知らない人より知っている人を、初めての客よりもリピーターを歓迎するのは、何もシチリア人に限ったことではない。特別なサービスを期待して言うのではなく、お互いの距離を近づけるためのこうした一言は、実はすごく大切なことだ、とはイタリアに住んで初めて知ったことである。恥ずかしながら。 前回はプラネタの「コメータ」を飲んだが、「今回はどうしようかな(自腹だし)」と言うと、では、「アラストロ」は?と言ってきた。高い「シャルドネ」を勧めないのは、先のアプローチが効いているということ。初めての客に高価なワインを勧める店は結構ある。特に観光地は危ない。この辺りは田舎でも、夏は海水浴客で賑わう界隈なのだ。というわけで、手ごろ価格の「アラストロ」にする。エチケットに描かれているのは、この辺りに自生するアラストロと呼ばれるエニシダ。普通のエニシダよりも花が小さく愛らしい。 「料理は適当に、前菜、プリモ、セコンドを持ってきましょうか」と言うので、そのように任せてしまう。この店にはメニューはない。お客はお腹の空き具合と食べたいものを告げて、あとは任せるのがこの店のやり方なのである。こういう方式は、お店と相性が合えば最高である。メニュー選びの煩わしさや失敗というものがないからだ。それに変なもの(というのも変だが)を注文して、待てど暮らせど料理がこない、という不手際も起こらない。ぽんぽんぽーんとリズムよく料理が出てきて、最後の食後酒までその勢いで行ってしまう。これが料理屋で食事をする時の最高のあり方なのではないだろうか。 前菜は小皿で何種類か、イワシのから揚げや太刀魚の南蛮漬け風、小粒な巻貝のトマト煮などが一度に出てくる。二人なら軽く四種類くらい、三人なら六種類くらいが普通。前菜を食べ終わると同時にパスタがまず一皿。これが真っ赤なウニのスパゲティで、普通ウニのパスタといえばウニ主体の黄色いソースなのだが、ここのはトマトソースも使っているので赤。ふーん、珍しいねと一口食べてみて、絶句。すごく美味しいのだ。ウニのこくとトマトの濃厚な甘酸っぱさがうまく溶け合っていてパワー倍増、ストレートにぐいっと立ち向かってくる美味しさ。何度思い出しても、あぁもう一度あのウニ・スパゲティが食べたい・・・とうっとりしてしまう。それまではタオルミーナそばの「フィコディンディア」で食べたウニのスパゲティが一番だと思っていたのだが、順位ぬりかえ、「ダ・ヴィットリオ」のウニ・トマト・スパゲティが最高位に輝いた。完食後、残ったソースまでぬぐうように味わっていると、次のパスタ、魚介のスパゲティが運ばれてきた。まだウニの余韻に浸っていたのだが、気を取り直してこちらも食べてみると、これもまた貝やエビの旨味がぎゅと凝縮し、しみじみじわりと美味しさが伝わってくる。一皿目でがつんとパンチを食らい、二皿目ではすっかり「ダ・ヴィットリオ」の世界に取り込まれてしまった感じ。 こうなったらセコンドの魚介のグリルなど、美味しくないわけがない。小ぶりの伊勢エビ、手長エビ、車エビ、小さめのスズキ、シラスのフリテッレ(柔らかいかき揚げ)の盛り合わせは、お腹いっぱいなのに、やっぱりもうちょっと食べておこうかなとつい欲を張ってしまう美味しさで結局完食。焼き加減がどうとか、鮮度がどうこうというレベルの問題ではなく、そんなことは軽くクリアしていて、その上さらにどうしてこんなに美味しいのだろうかと考えこませる旨さ。とどのつまり、相性なんだろうけれど。こういうものが食べたい、こういうものが好きというツボにすぽっとはまってしまったのが、この「ダ・ヴィットリオ」なのだ。あぁまた行きたい。
Da Vittorio(ダ・ヴィットリオ)
Via Friuli Venezia Giulia,9 Porto Palo, Menfi (AG)
Tel0925-78381
日曜、月曜夜休み 予算目安:31ユーロ
他のテーブルでは、ズッパ・ディ・ペッシェや、フリット・ミストなどのオーダーも出ていた。おまかせ料理なので、勘定はキリのいい数字となることが多いが、不等に高い値段ではないので、明細をこまかく尋ねるような野暮はしなくてすむ。週末や夏の間は予約をしたほうがいい。

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