シチリア美食の王国へ34 イル・クチニエレ@カターニア
こだわりの料理人カルメロが腕を振るう カターニアの中心地にカタネ・パラスというホテルがある。まだ近年オープンしたばかりだが、時にはエトナ山の黒い灰が歩道を埋め付くす街にしては鄙には稀な美しい中庭を持つくつろげるホテルである。このホテルのレストラン「イル・クチニエレ」でシェフをつとめるカルメロ・キアラモンテという料理人がいる。彼が作るのはクチーナ・リヴィジオナータ、もしくはクチーナ・リビジタータ(再解釈料理)と訳され、郷土料理や伝統料理をベースに現代風新解釈で作り出す料理のことである。エルブジのフェラン・アドリアの再構築料理の影響も少なからずあるのかイタリア料理界の最先端は今や再解釈料理へと進んでいる。そんな中、カルメロはシチリアでも再注目の料理人の一人である。 ある夜ホテルで食事している時にカルメロ・キアラモンテと出会った。目があって近付いてきた彼に始めまして、というと、いや俺らは以前会っている、と言う。数年前までタオルミーナ一と評判だったナウティルスという店に一度食べに行ったことがあるのだが、その時彼は厨房にいたらしい。 当時のナウティルスはシチリア人男性を夫に持つオーストリア人女性エヴァ・シューベルトがオーナー、厨房は現在はカーサ・グルーニョのシェフをつとめるオーストリア人アンドレアス・ザンジェールが仕切っていた。件のマッシモ・ルフィーノらと5人で延々5時間食べ続けたその晩アンドレアスは不在、代わりにカルメロが料理を担当していたのだ。そんな思い出話をした後カターニアでの再会を約束した2ケ月後のある朝、我々はペスケリア市場でカルメロと待ち合わせた。魚の仕入れに行くから一緒に来るか、と誘ってくれたのだ。 時間の許す限り市場に足を運ぶカルメロはペスケリア市場を「常に新しい発見があるインスピレーションの宝庫」と呼ぶ。食材の「テリトリー」にこだわる生っ粋のシチリア人料理人に案内してもらうと市場がさらに深く見えてくる。昨日は海が荒れてたから魚が少ないな、とひとこと。顔なじみの売り子が彼に声をかけてきてもにこやかに返事するわけでもない「あいつのとこではもう二年も買って無いんだけど今日は魚が少ないから一応カジキを買っとく」とそっと耳打ちしてくる。店を選ぶ目はさすがに厳しい。イタリア人にしては珍しくつきあいよりも仕事を優先する。人だかりが出来ているなじみの魚屋に寄ると近海で一本釣りしたというマグロの解体の真最中だった。カルメロはヴェントレスカと呼ばれるトロ(蛇腹の大トロもあった)とグアンチャーレというカマ肉を仕入れた。実はこの魚屋、マグロを扱わせたら天下一品らしくカマを塩漬けにしたカターニアの伝統的な保存食「サウサ」作りの名人でもあるとのこと。昔はマグロの血も飲んでいたらしい。ついでに隣の店でペッティナと呼ばれる甘鯛に似た魚と食用の海藻マウロ、カターニア語でジガルティーナを買う。 次に乾物屋に挨拶、店の前に並べられた籠の中には豆、木の実、乾した野菜や果物など見たことも無いような乾物がぎっしりと並んでいる。煮詰めたモストを固めたモスタルダ、天日で乾燥させたトマト、イチジク、ナツメ、フィーコ・ディ・インディアと呼ばれるサボテンの実、カルーバ(イナゴマメ)、名高いブロンテのピスタチオ、そしてレンズ豆を始め数十種類もある豆、まめ、マメ。店の奥には無数の乾燥ハーブがある。「伝統的な乾物を買うならここが一番」とカルメロが教えてくれた。 最後に八百屋でトマトを味見してはあれこれと野菜を買い込み、一般客が増えはじめる十時半には市場を引き上げ、料理の準備にとりかかる。そしてイル・クチニエレでの昼食。マルサラの「ラッロ」のグリッロを飲みつつ料理を待つ。 アンティパストの一品目は「海老のマウロ・サラダ」。海老味噌と蜜柑で作ったソースで海老を軽くマリネし、先ほど仕入れたマウロと一緒に食べる。新鮮な甘エビを刺身の褄と一緒にほおばる感覚だ。次のマグロ料理は驚くべき裏巻きともいえる一皿「リコッタのヴェントレスカ巻き」だった。羊の乳から作るリコッタを厚めに切ったトロで巻き、モンテ・イブレオ産のオリーヴオイル、アーモンド・ソース、ケイパー、砂糖漬けのペペロンチーノと合わせて食べる。最初は甘くて後に強いパンチが来る砂糖漬けペペロンチーノはカルメロの得意な演出のひとつ、しかしこのマグロは活きがよすぎて肉質はやや固め、日本人としてはできれば他の方法で食べてみたかった。前菜の最後は、「マジョラムとタイム風味のペッティナのフリット」。淡白で上品なこの白身魚はシンプルな料理法ほど美味しいとのこと。 注いでプリモには「エトナ風スパゲッティ」のリヴィジオナータ、再解釈。通常エトナ風というと山肌をイメージしたイカ隅の真っ黒なリゾットかスパゲティに溶岩となる真っ赤なトマトを散らし、雪の代わりのリコッタを山頂に乗せた重厚な料理である。カルメロの再解釈はイカ墨とリコッタをそのままいかし、溶岩の赤はウニで表現、さらにエトナ山の緑を表す旬のピゼッリ(グリンピース)のソースを加えた異なる甘味、旨味が混在するしかも軽快な4色パスタだった。セコンドはビオロジコ飼育の豚肉のフィレを開き、中にサルシッチャ、乾燥イチジク、ピスタチオ、アーモンド、松の実を詰めた「豚肉の財布包み」でデザートは「ブロンテの洋梨のコンポート」、以上全て東シチリアの山海の旬の味覚で構成してあった。量は伝統料理の半分、味付けも軽めの現代風でこれだけの量を食べても全く負担にならないシチリアの都会料理。ところでマグロのカマは?と聞くとラグーのソースを作ってたんだけど見習いが焦がしてしまったとのこと、残念。見事な包丁さばきを見せてくれたマグロ名人厳選のカマで作るラグーのパスタも一度食べてみたかった。 恐らく一見難解な、しかし口に運ぶとシンプルかつライトでもちろん美味しいのがカルメロの料理だ。ある程度シチリアの食に関する予備知識があると彼の料理は一層楽しくなる。四季折々変化に富んだシチリアの旬の味覚を取り入れ、昔からある伝統料理を異なった調理法や異なったアレンジで組み立て直してメニューを構成するカルメロ・キアラモンテ、今が旬の料理人である。 Il Cuciniere (イル・クチニエレ) Via Finocchiaro Aprile,110 Catania KATANE PALACE HOTEL(カタネ・パラス・ホテル内) Tel095-7470702 Fax095-7470172 ilcuciniere@katanepalace.it 無休 予算目安:30ユーロ ホテルは四つ星 S 115ユーロ〜、D 180ユーロ〜 58室 www.katanepalace.it info@katanepalace.it Frutta Secca di Salvatore Adonia (フルッタ・セッカ・ディ・サルヴァトーレ・アドニア) Via Gisira, CATANIA Tel095-347200 無休、14時まで カルメロおすすめの乾物店。シチリアならではの珍しい乾物が並ぶ。SAPORITAをもっと見る
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