伝統料理が語り継がれ食べ継がれ、その基本精神は21世紀になった現在も100年前からほとんど変わっていないフィレンツェでも、また行きたいと無性に思わせるような魅力あるトラットリアというのは、実はさほど多く無い。「ソスタンツァ」「ゴッツィ」「ブカ・デッロラフォ」とひとつひとつ指折り数えても両手にあまる程度か。しかもチェントロからわざわざ城壁を越えて町の外まで食べに行きたいと思わせるようなトラットリアといえば西の「ダ・ブルデ」、そしてローマ門からセネーゼ通りを南へ行った「トラットリア・ダ・ルッジェーロ」ぐらいであろう。ピッティ宮殿から南、ローマ門にかけてはトラットリア＆レストラン不毛地帯がしばらく続くが、一度ローマ門を抜けてさらに歩くこと約5分。この店が文字通り地元に愛されているのは、昼時ともなればテイクアウトを所望してカウンターに連なる近所のイタリア人が多いことからよくわかる。旧市街チェントロ・ストリコではまず見られない光景なのだが、「ダ・ルッジェーロ」ではごくごく日常的な光景として日々繰り返されている。

料理は期待通りのこてこてのトスカーナ料理。魚はない。フリットもない。あるのはウミド、グリル、パスタ、ズッパ、そして豊富なコントルノ。ニンニクと唐辛子が利いたトマトソースのスパゲッティ「カレッティエラ」€8.00は、赤鼻料理人フェリーチェがヴィナイーノを去ってからここ、という店にしばらく出会っていないが、「ダ・ルッジェーロ」ではつねにメニューにあり、安心して食べられるトスカーナの味である。パスタはかなり固めに茹でたスパゲッティーニ。ニンニクは控えめ、唐辛子は適正。酸味をあまり感じない控えめなトマトソースにはプレッツェーモロたっぷりで、どちらかといえばソースの量もこれまた控えめなのだが「ダ・ルッジェーロ」に限っていえばこれが正しいカレッティエラのあるべき姿、と思わせるような長年作り続けてきたパスタとソースの黄金律が生み出す説得力がある。

セコンドはビステッカやロンバティーナなどのグリルもいいが、厚切り、骨太の豚ロース「アリスタ」€12.00は忘れられない。一般的にアリスタに使用するローズマリーやセージなどのハーブ類はほとんど感じない。あくまでも塩と、香味野菜のみを使ってローストした、全くくせのない豚料理はフィレンツェならではの官能。イタリア全国どの地方を旅してみても、最終的に調理技術、素材、方法論などどれをとってもやはり肉料理においてはフィレンツェはじめトスカーナに一日の長があることは否めない。柔らかく火を入れた豚肉にヴィクトリノックスのナイフを入れ、厚切りのまま頬張る快感のためだけに、チェントロから30分かけて歩いてきてもいい。「ダ・ルッジェーロ」にはそう思わせる力強い魅力がある。 Da Ruggero Via Senese,89r FIRENZE Tel055-220542