トラットリアの現在進行形 Premiate Trattorie Italiane
今年のイタリアは雨が多く冷夏であったと同時に、料理界でも大きな損失があった年として長く記憶されるであろう。ガンベロ・ロッソの創始者であったステファノ・ボニッリが8月3日に69才でこの世を去った。そして奇しくして同名のトラットリア「ロカンダ・アル・ガンベロ・ロッソ」が8月一杯で閉店することとなったのだから。 ガイドブックの評価が高級リストランテ一辺倒だったイタリアにおいて、伝統料理、家庭料理をベースとするトラットリアを再評価し、スポットをあてたのは1980年代のガンベロ・ロッソが初めてだった。ガンベロ・ロッソとはジャーナリスト、ステファノ・ボニッリが創設した食とワインをテーマとした雑誌で、やがてレストラン・ガイド「Ristoranti d’Italia」とワイン・ガイド「Vini d’Italia」を発行、優秀なトラットリアには星の代わりに海老マークを与えて評価するもので、ガンベロ・ロッソ=赤海老にちなみ最高峰は3つ海老「トレ・ガンベリ」。毎年十数件のトラットリアが「トレ・ガンベリ」として表彰され、ガストロノミー最先端をゆく星付きリストランテとは正反対に「料理の不変性」が評価される風潮が生まれたのである。 しかし2000年代に入るとガンベロ・ロッソも経営方針の変更や創業者ステファノ・ボニッリの離脱などがあり、その審査基準もぶれを見せ始める。トレ・ガンベリの進化系としてミシュラン1つ星を併せ持つトラットリアも登場するなど、果たしてトレ・ガンベリを唯一無二のトラットリア評価基準としてよいのか?と疑問視する声が上がり始めたのだ。 そんな風潮をうけ、ボローニャ近郊の「アメリーゴ1934」のオーナー、アルベルト・ベッティーニが中心となり2012年に立ち上げたのがトラットリア組合と呼んでもいい「プレミアーテ・トラットリエ・イタリアーネ」だ。これは郷土の料理と歴史を尊重することを主眼とし、「アメリーゴ1934」はじめトレ・ガンベリの常連だった「カフェ・ラ・クレーパ(クレモナ)」「ラ・ブリンカ(ジェノヴァ)」「ロカンダ・アル・ガンベロ・ロッソ(バーニョ・ディ・ロマーニャ)」「ロカンダ・デヴァタク(ゴリツィア)」の5つのトラットリアが立ち上げ、後に「アンティキ・サポーリ(アンドリア)」と「アンティカ・トラットリア・デル・ガッロ(ミラノ)」が加わり現在は7件となっている。全7店制覇すると特別な賞品がもらえるなど、トラットリアを旅する楽しみを提供しているのもユニークな点だ。 しかし家族経営をその根幹とするイタリアのトラットリアは、職人の世界と同様つねに高齢化と後継者問題を抱えている。冒頭に書いたように「ロカンダ・アル・ガンベロ・ロッソ」のオーナーである女性料理人ジュリアーナ・サラゴーニが、引退を期に閉店を決意したのだ。「OBに厨房をまかせることも考えたけど、やはりわたしがやらないと意味が無い。トラットリアとは本来家族が働く場なのだから」と、8月末に訪れた際ジュリアーナは体力的限界から訪れた引退と閉店の理由を晴れやかに語ってくれた。 とはいえジュリアーナは永遠に料理界から離れてしまうわけではない。ジュリアーナたち「ロカンダ・アル・ガンベロ・ロッソ」ファミリーは今年末にフォルリにオープンするEATALY内のレストラン・コンサルタントをつとめ、さらにジュリアーナはローマにある「ガンベロ・ロッソ」の本拠地チッタ・デル・グストで体力が許す限りプロ対象に不定期に教室を開く予定だという。 虎は死して皮を留め人は死して名を残す、というが同名の「ガンベロ・ロッソ」で活躍したステファノ・ボニッリとジュリアーナの名がすたれることはない。一世を風靡した歴史ある名店の仕事を伝えてゆく、それも「プレミアーテ・トラットリエ・イタリアーネ」の役割であり、名店の系譜を受け継ぐトラットリアの宿命なのである。
トラットリエ・プレミアーテ・イタリアーネ
http://premiatetrattorieitaliane.com/

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