イタリア縦断鉄道の旅06 ハプスブルク家伝来の高級リゾート、 メラーノ
翌朝7時に駅近くのホテルを出る。駅のバールでカプッチーノを一杯。これから北東イタリアを代表する山岳リゾート地ドロミティを3日間かけて一周する旅へと出発する。7時41分発の各駅停車レジョナーレは2両編成のディーゼル・カー。トレントまでの157キロを3時間かけて走る鈍行である。料金は7.90ユーロ。 本来は生活路線であり通学客が多く乗るが、この日は土曜の朝でとても空いていた。まずはヴェネト平野を北西へ向かう。外は今朝も濃密な霧。グラッパで名高いバッサーノ・デル・グラッパ駅で乗り継ぎ客のため15分ほど停車。ドロミティ地方の南端であり、ここから列車はスガーナ渓谷を縫って州境を越えてトレンティーノ・アルト・アディジェ州のトレントへ向かう。 再び発車すると間もなく右手には険しい山肌が見え、左手にはブレンタ川が見える。トンネルを幾つもくぐり抜けて列車は走る。天気がよければ素晴らしい眺めなのだが。チスモン・デル・グラッパで登山客のグループが下車。この駅は標高1775メートルのグラッパ山への登山道の入り口。イタリアを代表する食後酒グラッパ発祥の地である。左手は標高999メートル、ヴェネト地方を代表する避暑地アシアーゴ。しかし濃霧のため山も見えない。 州境通過は9時55分。ここからはイタリア再北部に位置するトレンティーノ・アルト・アディジェ州。外気温はかなり下がっているが車内は暖房がききすぎているぐらいなので半袖になる。途中駅から乗って来た地元の男たちは立て続けに缶ビールを飲みはじめた。周囲の黄葉が美しいカルドナッツォ湖を過ぎ、峡谷を抜けてリンゴ畑が左右にみえはじめたら終点のトレントは近い。 トレント着は濃霧のためか予定より30分遅れて11時25分。しかしうっすらと霧が晴れ、青空がのぞきはじめる。ホームの端に停車していたのはミヌエットを使用したローカル線トレント〜マレ鉄道(orari.ttspa.it/)だった。 11時58分発ミュンヘン行エウロシティEC「パガニーニ」に乗り換える。ボルツァーノまで一等車で7.27ユーロ。ここからはオーストリア国境近くに源流を発するアディジェ川に沿って、左右にリンゴ畑が続く中を北上する。ここまで来ると車窓風景は地中海性でなくチロル風となり、教会も尖塔を抱いたゴシック風になってくる。6人がけのコンパートメントを独り占め。岩山とリンゴ畑がまるで一服の絵画のように車窓におさまる。 ボルツァーノ駅着12時29分。ホームにおりたつとさすがにほほを刺す風邪は冷たい。ホームから見えるのは雲を抱いたドロミティ地方。駅のバールで地ビール、フォルストの生を飲み、13時05分発のレジョナーレで2.60ユーロのメラーノへと向かうが車内は学校帰りの子供たちで満員状態。話す言葉はイタリア語でなくドイツ語。顔立ちもラテンでなくゲルマンなのは、この地方はオーストリア支配が長く続き、イタリアに編入されたのは第一次世界大戦後の1918年とまだ100年にも満たないからである。国籍はイタリアでありながら文化的にはオーストリア・チロルなのだ。 メラーノは温泉地として名高い保養地で、ヨーロッパ中から旅行者が訪れるウインター・リゾートの中心でもある。街の中心を流れるのはパッシリオ川で、やがて合流してアディジェ川となる。街が発展したのはハプスブルク時代の19世紀。川沿いにあるテルメ・ディ・メラーノはビジター料金でさまざまなスパを利用することができる。泊まったのはその隣にあるホテル・メラネルホフ。荷物を置いて早速地下にある温水プールで泳ぐ。客はみなカップルか家族連れで、ホテルの格の割には家庭的でヘルシーなイメージ。 霧は夕方過ぎから雨になり、川のせせらぎが聞こえ湯煙立ち上る街を歩くと、どこか日本の温泉町にいるような気分になる。アーケードを歩いているとフォルストのビアホールを見つけたのでふらりと入ってみると中はドイツ系の人々で満員だった。 嗜好的にもやはりワインよりビールであるトレンティーノ・アルト・アディジェ州でのビールの歴史は古く、900年代にははじまっていたというから1000年の歴史を持つ。中でもフォルストはメラーノに本社がある1857年創業の老舗ビール・メーカー。このビアホールは直営である。通常バールなどではフォルストの「プレミアム」を目にすることが多いが、ここでは数々の生ビールが楽しめる。まず「VIPピルス」を注文。きりりと冷えたピルスナーは乾いた喉に心地よくしみる。向かいの席ではドイツ系の家族が15人ほどで大テーブルを囲み、大人は男も女もビールをつまみなしでちびちび、子供は水をのみつつプレッツェルを食べている。バイエルン・ソーセージを頼むとザワークラウトが山盛りに。皿の隅にはマスタードとケチャップの袋がのっている。さらにハンガリーに源流をなす伝統料理グーラッシュを頼む。これは牛肉を赤ワイン、パプリカ、スパイスなどで柔らかく煮込んだシチューで、パンと卵を牛乳で練った団子クネーデルリがついてくる。このグーラッシュは牛や豚の骨でブロードをとったと見えて香りはまるで豚骨ラーメン。骨髄のゼラチン質が溶け出した濃厚なスープが残る口中を洗い流すのに、さっぱりとしたピルスナーが必要不可欠であった。SAPORITAをもっと見る
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