イタリア縦断鉄道の旅08 冬季五輪の開催地コルティーナ・ダンペッツォ
翌朝、ボルツァーノには厚い雲が立ちこめ、しとしとふるいやな雨。駅のバールでカプッチーノを飲みながら見ていると、ボルツァーノ駅に到着する列車はどれも超満員で車内のガラスは白く曇り、ドアが開くとものすごい勢いで人が吐き出されてくる。ちょうど朝の通勤、通学時間なのだろうがイタリアでこんな朝のラッシュの光景は初めて目にする。 8時08分発のブレンネロ行レジョナーレに乗り込む。ブレンネロはオーストリア国境にあるイタリア最北の駅である。雨の中、山深い国境へ向う列車に乗っていると段々心細くなってくる。ブレッサノーネを過ぎて乗換駅フォルテッツァに着いたのは8時48分。標高723メートル。朝から降っていた雨はいつしか冷たい氷雨に変わり、駅のホームは凍り付くように寒い。駅のトイレでタイツとセーターを着込み、これから向う標高1200メートルのコルティナ・ダンペッツォに備えることにする。 乗り換えの間、天井が木でできた駅の古いバールでカフェとブリオッシュ。さらにチョコレートとグラッパ。冬の朝、北イタリアで飲むグラッパは嗜好品でなく必需品である。強いアルコールは体内に入るとすぐにエネルギーとなって霧散し、体を内側から温めてくれる。 9時15分発サン・カンディド行レジョナーレに乗り込む。この辺りは林業が盛んな土地で周囲には製材所が多く、駅舎も頑丈そうな石造りが目立ってくる。車内で日本の携帯でメールをチェックすると、標高1000メートル付近を走っているにも関わらず、無事全メール受信。鉄道の旅では最近ノートブックの代わりに日本の携帯を持って出かけて日本からのメールを転送、チェックしているが、国境付近を走る列車の中でさえ日本語でメールを受信できたりすると、その便利さにいまさらながら驚いてしまう。 そうこうしているいち「間もなくドッビアコ」というアナウンスで我に返り、乗り過ごしそうなところ、あわてて荷物をひっつかんで列車を下りる。到着は10時21分。ボルツァーノから8.20ユーロ。これより先はオーストリアとの国境駅サン・カンディドのみという辺境の駅ドッビアコには冷たい雨がしとしとと降っている。 駅構内は待合室以外なにもない。雨降る駅前で不安になりつつバスを待つこと1時間。ようやくやってきたコルティナ・ダンペッツォ行プルマンに乗り込む。料金は4ユーロ、暖房がきいた車内に乗客は自分ひとり。ドロミティ東側は現在鉄道が通っていないので、プルマンが唯一の交通機関なのだ。結局途中から乗っている乗客もなく、貸し切り状態のまま12時10分にコルティナ・ダンペッツォのバス・ターミナルについた。 ドロミティ街道の開通後に発展したコルティナ・ダンペッツォは1956年の冬季五輪の舞台となった街で標高は1211メートル。周囲には3000メートルを軽く越える山々が迫り、スキーや登山などイタリアを代表するウインタースポーツのメッカである。 かつてはカラルツォからコルティーナ経由でドッビアコまでを結ぶ狭軌鉄道「ドロミティ鉄道」が存在した時期がある。これは軍事物資の輸送が目的で1914年に敷設。冬季五輪当時は、輸送の主力となって一日7000人の乗降客があったというが1964年に廃線となっている。旧ドロミティ鉄道のコルティーナ駅は現在バス・ターミナルとして保存されており、線路跡は市民のための遊歩道となっている。 しかしさすがに晩秋のコルティーナは寒さが厳しい。ホテルで荷物を広げるとスキー用の肌着に着替え、持って来た洋服を全部着込んで、帽子、手袋、マフラーで完全武装して遊歩道へと向う。 旧ドロミティ鉄道跡の遊歩道を歩けば雄大なドロミティの山々に囲まれたコルティーナの地形が手に取るようによく分かる。正面に見える険しい峰は2648メートルのヌヴォラウ山。街に覆いかぶさるようにせまっている岩の壁は2450メートルのポマガニョン。「空の矢」と呼ばれるロープウェイを使えば、ヴェネツィアまで見えるという3244メートルのトファーナ・ディ・メッツォまで行くこともできる。 そうした山々を見ながら遊歩道を歩いていると正面から犬をたくさん引き連れたアジア系の男性が走ってきた。「日本人か?」というので話すと、彼はコルティーナのホテルで働いているスリランカ人。毎朝オーナーの犬の散歩でこうして遊歩道を歩いているとのこと。今度はうちのホテルに泊まってくれ、といって電話番号を交換すると、彼はマラソンランナーのようなスピードで再び犬とともに走り去って行った。 翌朝、再びバスターミナルから今度はカラルツォへ向うプルマンに乗り込む。ヴェネト平野に向うこのルートはいわばコルティーナの表玄関である。終点はベッルーノだが、最初の鉄道駅カラルツォ駅で下り、パドヴァ経由でフィレンツェへ戻る。24時間ぶりに乗るレジョナーレはなんだかとても懐かしい気がして、いつものシートもやけに座り心地がいい。 1200メートルのコルティーナで一夜を過ごすと、平地がやけに暑くてしょうがない。身体にまとわりついた山の気配をそぎおとすように一枚一枚洋服を脱いでゆき、厚着した乗客が不思議な目でみる中、パドヴァまで半袖姿で車窓を眺めていた。

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