イタリアの老舗料理店12 アンティカ・ボッテガ・デル・ヴィーノ創業1890年
毎年夏の野外オペラ会場として知られるヴェローナのアレーナを背に、夜のマッツィーニ通りを歩く。イタリアを代表するブランド・ショップのウインドウが宵闇に映える姿は壮観。ミラノのスピガ通り、あるいはローマのコンドッティ通りに似たヴェローナ一の目抜き通りは夜八時を過ぎる頃、夜遊びに出かける若者や着飾って食事に出かけるカップルでますます賑やかになる。マッツィーニ通りをずっと行けば青空市場が並ぶエルベ広場やジュリエットの生家がある旧市街。ヴェローナは実に演劇性に富んだ、ヴェネツィアと並ぶ華やかな祝祭都市である。そのマッツィーニ通りを右手に折れ薄暗い路地へと曲がると、ぼんやり明りが灯るレストランが一件。古ぼけた様子の外観からは内部の様子がうかがえない。ともすれば尻込みしてしまいそうな雰囲気。ここが「アンティカ・ボッテガ・デル・ヴィーノ」である。 古い磨りガラスの扉を押して入ると、右手に巨大なショーケースと日替わりグラスワインがぎっしりと書き込まれた黒板、そして大理石のバーカウンター。左手は小さなテーブルが並ぶバーコーナーとなっていて、ワイングラス片手に「ゴート」を楽しむ人々で満席。「ゴート」はヴェネツィアでいう「オンブラ」立ち飲みのことである。その奥にあるレストランスペースは一種の博物館的空間である。壁を埋め尽くすのは黄ばんだ古いアマローネやヴァルポリチェッラ・クラッシコなどヴェネトを代表するワインがずらりと並ぶさまは見応えがある。店があるのは中世の頃フランス領事館が置かれていた「ヴィア・スクード・ディ・フランチャ」つまり「フランスの盾通り」。当時の欧州列強の力関係を象徴するようなこの通り名を冠した「オステリア・デッロ・スクード」という名ですでに一五〇〇年代から営業していたというから、その歴史はすでに五百年。 ヴェネツィア共和国崩壊後ヴェローナがオーストリア支配下となる千八百年代に居酒屋はドイツ語風に改名され、同時に店内も改装。当時最先端のスタイルであった北方ゴシック、ビーダーマイヤー様式となる。今日我々が目にする店の内装はこの時代のものである。イタリア統一が完成してヴェローナが再びイタリア領となったのは一八六六年。同時に「アンティカ・ボッテガ・デル・ヴィーノ」と再度改名。現在はレストラン、ワインバー、エノテカ(酒屋)そして地下に巨大なカンティーナ(ワイン蔵)を持つ複合レストラン・スペースとなっており、料理はもちろんだがワインの充実ぶりはヴェローナで一目も二目も置かれる存在である。 食前酒に運ばれてきたヴェネト産の発泡酒、「コル・ディ・サリチェ」のプロセッコを飲みながら天井を見上げると、黒ずんだ木の梁にはイタリア語で幾つかことわざが書かれてある。Amico e vino vogliono essere vecchi. 友とワインは年をとりたがる(詠み人知らず) Il Vino e l’anima della poesia. ワインは詩の心である(詠み人知らず) Vino conforta la speranza.(Aristotele) ワインは希望をかき立てる(アリストテレス) Vino e’ un composto di umore e di luce.(G.Galilei) ワインはユーモアと光の化合物である(ガリレオ・ガリレイ)「アンティカ・ボッテガ・デル・ヴィーノ」では入り口に板書された日替わりグラスワインが実に一二〇種。レストランのワインリストは州別、さらに国別に構成されていて全五十五頁、三千種。アルマニャックは一九〇〇年の一杯二百三十三ユーロを筆頭に年代別にずらりと並び、全てグラスで注文できる。それと百五十ccの小カラフワインが白赤合わせて二十六種類。興味あるワインを少しづつワインを試すことができる。前菜の「スフィラッチ・ディ・カヴァッロ」が運ばれてきた。これは馬肉料理を伝統とするヴェローナを代表する前菜で、馬肉を細い繊維状にほぐし、レモンとオイルで味付けして食べる。ワインは「ブッソラ」のヴァルポリチェッラ・スペリオーレで、瓶売り値段のきっちり五分の一の八・六ユーロ。馬肉との相性がいい。 次に運ばれてきたのが、芳香香しい「アマローネのリゾット」。地元米ヴィアローネ・ナノ種に赤ワイン、アマローネを惜しげもなく使う。これには「マージ」のアマローネ・リセルヴァを同じく小カラフでもらう。一人客でも料理ごとにワインを変えられるのは実によく考えられた貴重なシステムである。カメリエーレはみな若いがてきぱきと料理とワインをサーブしてまわる。この小カラフの注文が増えればカメリエーレの仕事も当然増えるのだが、そうした手間をまるで厭わず、動きは一糸乱れずフロアを滑るよう。イタリア広しといえども滅多に見れないプロ集団のサービスぶりは思わず見とれるほどで、これだけでも一見の価値がある。 スポンジケーキを使ったヴェローナ伝統のドルチェ「ディプロマティコ」を食べている頃、店の共同経営者ジャンニ・パスクッチが現れる。彼曰く、それまで伝統的ヴェローナ料理を出していた「アンティカ・ボッテガ・デル・ヴィーノ」だったが一九七〇年代になるとヌーヴェル・キュイジーヌに走り、店は混乱状態となった後オーナー姉妹は喧嘩別れしてしまったという。彼女らの代わりにセヴェリーノ・バルツァンが一九八六年にオーナーに就任し店の再建を開始。現在のシェフ、ファビオ・デ・グイニも同時に厨房に入り、以来二十年。一九九二年にはワイン生産者でもあるワインの専門家、パスクッチを共同経営者に迎えてワイン部門をさらに強化。一九八六年以前に比べるとワインの保有量は十倍以上になったという。二度目はさらに居心地が良くなる。件のカメリエーレたちも「一度目は控えめに、二度目以降は親密に」という店の哲学に従って「今日はこの料理をいかがですか?」「今日のワインは任せてください」と入れ替わり立ち代わりやって来てくれる。 ポレンタにラルド、サラミ、ゴルゴンゾーラチーズを乗せた伝統的な前菜。馬肉の煮込み「パスティッサーダ」。時折シェフのファビオがやってきて客席をくまなくチェックしてゆく。誇り高きプロ意識は、皿の上はもちろん、テーブルの隅々にまで行き渡っている。伝統が人を作るのか人が店を作り上げるのか。イタリアの老舗を体験するには「アンティカ・ボッテガ・デル・ヴィーノ」に足を運んでみること必須である。
アンティカ・ボッテガ・デル・ヴィーノ Antica Bottega del Vino(ヴェローナ) Via Scudo di Francia,3 VERONA Tel045-8004535 www.bottegavini.it 10:30〜15:00、18:00〜0:00火曜休 要予約
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