「シェフを続けるということ」(ミシマ社 1944円)井川直子
日本人料理人がイタリアに渡ることがごくごく普通になってきた現代、パイオニアと呼ばれる料理人諸兄姉たちがイタリア各地の名店で修行したのは80年代のことだったか。以来ネットの発達やイタリア料理の普及によって料理修行を目指す若者たちにとってはより身近になったイタリアだが永遠の命題は変わらない。というかむしろ厳しさを増している。それは日本に帰ってからどうするか?ということである。 ジャーナリスト井川直子さんは前著「イタリアに行ってコックになる」(柴田書店2003年)で、イタリア生活と料理の世界に没頭し、苦悩し、そして明日を夢見る料理人、ソムリエ、カメリエーレら24人を取材し、その物語を編んで一冊の本とした。それは史上初めて日本のイタリア料理をとりまく現状をイタリアサイドから見つめたルポルタージュであり、将来の日本のイタリア料理界を担ってゆくであろう若者たちが何を考え、何を見て来たか、をまとめた貴重な証言集だった。いまでこそ多くの料理人が生まれ故郷でイタリア料理店を開いて成功し、また日本全国津々浦々にもそうした本格的イタリア料理を受け入れる素地が固まりつつあるが、10年前から日本の地方イタリアンに注目し精力的な取材活動を続けて来たのが井川さんであり、雑誌などでその仕事ぶりを見て来た人も多いことかと思う。 「シェフを続けるということ」は日本に戻った10年後の彼らの声に再び耳を傾けた、「イタリアに行ってコックになる」の続編である。ここ10年の間に日本では地方イタリアンが勃興し、ナポリ・ピッツァ・ブームが訪れ、よりディープで本格的な郷土料理を出す店が数多く生まれた。イタリア人でも知らないようなイタリア料理がメニューに名を連ね、老舗、あるいは星付きの名店で修行してきた料理人があちこちに店を出してシェフとして活躍する。ある意味本国イタリアよりもさらに深くイタリア性を追求したのがこの10年の日本であり、日本を訪れた初代ガンベロ・ロッソ編集長である故ステファノ・ボニッリは日本をして「21番目のイタリアの州だ」と評した。「シェフを続けるということ」は、収録されている15人のイタリア帰りの料理人たちのその後のインタビューを通じて過去10年間の日本イタリア料理界を見つめ直した的確な観察であり、今後の10年へ向けた冷静な展望でもある。北は北海道から南は沖縄、さらにシンガポール、北京まで彼らの証言をもとめて飛び回り、10年という時間を経て再び対話する。それは料理人にとってもインタビュアーである著者にとっても、お互いこれまでイタリア料理に関わって過ごした10年間を静かに回想する貴重な時間だったのではないか、と想像する。 ネットにあふれる孫引き情報ではない生きた現場の声と、行間から溢れ出す料理人たちのエネルギー。これからイタリア料理業界を志望する若者、日夜イタリア料理を食べ歩くのを至高の喜びとする健啖家、そしてジャーナリストを目指す若者など、イタリアに関わる全ての人々に読んでもらいたい。 イタリア国立ジャーナリスト協会 池田匡克SAPORITAをもっと見る
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