美しく青く、謎に満ちた島、サルデーニャ2
羊飼いの伝統が育んだ工芸 サルデーニャの商業の中心となったのは豊富な鉱山資源であった。紀元前より輸出されていたのは、鋼や青銅、金銀である。青銅製の像がヌラーゲからも出土しており、かなり精巧な技術を確立していたことが明らかになっている。また、金銀は細い針金状にして中心から螺旋に巻き付けるフィリグラーナという伝統的な宝飾品に発展した。しかし、サルデーニャらしい技術と歴史を物語る産品といえば、ナイフだろう。羊飼いにとってナイフは必需品である。羊を連れて何日も旅をする羊飼いが食料のほかに携行したのは折りたたみ式のナイフ一本だ。ペコリーノチーズやパンを切るのはもちろん、羊の急所を一突きするのも皮を剥ぐのも、同じナイフである。その伝統ゆえに、サルデーニャの男たちにとってマイナイフを所持することは至極当たり前なのだ。 ナイフの製造は、鉱山の近郊で発達した。サッサリ県のパッターダが有名だが、そのほかにも幾つかの町で作られており、それぞれが異なる特徴を持つ。ぱっと見にはその違いはわからないが、サルデーニャの男ならひと目で見分けられるという。ナイフ作りについてもう少し詳しく知りたいならば、メディオ・カンピダーノ県のアルブスにある工房「アルブレーザ」を訪ねてみると良い。職人パオロ・プシェッドゥは、弟のフランチェスコとともに父親の工房を継ぎ、羊飼いナイフから鉱山技師専用のナイフ、装飾の美しいダマスコナイフまでを手がける。のみならず、自身がコレクションする各地の新旧のナイフを展示する博物館も営んでいる。そこはサルデーニャの工芸世界の深奥を垣間見るのに絶好の場所だ。 暮らしに根ざした手仕事、籠編み 牧畜と農耕から糧を得る暮らしは、自給自足を基本とする暮らしでもある。サルデーニャの人々は生活に必要なものを自ら作り出してきた。男は山で木を切り出して削り、家具を作る。女は機を織って布にした。そしてどちらもが手がけたのが籠編みである。オリーブや柳の小枝、藁、湿地に生える葦など、身近な植物を使って生活に必要な道具をこしらえた。男はおもに農作業や漁で使う籠、女は家事や食卓で使う籠を編んだ。作り手により、また使用目的により実用品から装飾品まで、色や形には無数のバリエーションがある。サッサリ県カステルサルドにある「ムゼオ・ディントレッチョ」(籠編み博物館)では、おそらくアフリカの影響を受けたであろう古い籠が展示されており、その独特の形状はイタリアのほかの土地では見ることがない。 もっともユニークなのは、底面に鮮やかな刺繍をほどこした布を縫い付けた籠だ。これは実用品というよりは壁にかけるオーナメントである。刺繍布はもともと伝統衣装の端切であり、この飾り籠は、つましい暮らしのなかに華やぎを与えるものとして考え出されたものだ。今ではサルデーニャの伝統土産として旅行者にも人気がある。 しかし、道具としての籠の伝統は今もなお息づいており、島の各地に籠を編む人がいる。ただし、専門の職人というよりは、農作業や家事仕事の合間に編むのが普通だ。籠編みの名人として知られたある女性は、赤ん坊を寝かせたゆりかごを足で揺らしながら幾つもの籠を編んだという。籠編みは暮らしのなかに溶け込んだ伝統であり、作り手の背景を知ることでその籠はより味わい深いものとなる。 アグリトゥリズモで長寿の秘訣を味わう サルデーニャは世界で最も長寿の島と言われる。百歳を超える人の数が人口に占める割合は、ヨーロッパ平均の3倍に相当するという。その長寿の秘訣は、民族特有の体質と食生活にあるといわれる。サルデーニャの人々は長らく、“自家製のチーズとワイン、庭で作った野菜や果物を食べる暮らし”を続けてきた。サッサリ大学の調査では、これらの食品が、スーパーなどで売られているものよりも遥かに栄養に富み、また、農薬等の影響を受けていないことが判明している。自給自足の食生活が健康に長生きするのに貢献しているのである。 実際に、サルデーニャの人々が慣れ親しんだ食べ物を体験するならば、アグリトゥリズモに滞在するといいだろう。サルデーニャにはアグリトゥリズモが600軒以上あり、そのうち食事もできるところが8割近くある。アグリトゥリズモそのものの数ではトスカーナのほうが遥かに多いが、食事が可能なのは3割ほど。つまり、サルデーニャのアグリトゥリズモは食体験に重点を置いているところが多いのだ。 その典型的な例が、ヌオロ近郊の「テストーネ」である。350haの土地で牛、豚、山羊を飼い、野菜と果物を栽培している。母屋にある食堂では、伝統のチーズを使った料理や野菜料理を供し、朝食には手作りのパンとジャム、はちみつが並ぶ。ワインやサラミももちろん自家製だ。主人のセバスティアーノは穏やかな人柄で、農家の伝統に詳しく、古い道具から手打ちパスタの作り方まで幅広い知識で滞在者の好奇心に応えてくれる。実直で勤勉な人々が丹誠込めて作る食べ物を味わう、これはサルデーニャの旅最大の魅力だろう。

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