NZ取材 ワイナリー・クラウディ・ベイと海の幸を味わう
英国の探検家ジェームズ・クックが、ヨーロッパ人として史上初めて未知なる島ニュージーランドに上陸したのは1769年10月のこと。北島と南島の間の海峡に自らの名を付け、エンデバー号とともにマールボロの海域に到達したクックは、そのとき洪水で濁った湾を見てこういったとされる。「ここはまるで曇った海だ。この湾をクラウディ・ベイと名付けよう」 この地を好んで3週間滞在したというクックはイギリスから持ち込んだ羊を放ち、入り組んだ地形が育む豊饒の海と豊かな海産物で公開の疲れを癒した。以来250年近い時が過ぎマールボロ地区はニュージーランド・ワインの代表的産地として世界の愛飲家たちをうならせるまでに成長したが、マールボロが持つポテンシャルに史上初めて気づいたのは、実はクックだったのかもしれない。 マールボロ地区に140haの畑を持つワイナリー「クラウディ・ベイ」は今年で33年目を迎える。ニュージーランドにソーヴィニョン・ブランあり、と世界に知らしめたのはこのクラウディ・ベイであり、その33年の歴史は世界で最も若い国ニュージーランドでのワイン生産に大きく貢献してきた。歴史の無い土地でゼロからワイン作りを始めたのは若いスタッフとワインメーカーたちであり、豊かな自然と食材、そして静寂からなるマールボロの地に生まれたのは「シンプル・ラグジュアリー」という独自のスタイルだったのだ。 オークランドからプロペラ機でブレナムに到着、まずは専用ヨットに乗り込んでマールボロ・サウンズと呼ばれる入り組んだ入り江のクルーズに出掛ける。日本に比べると国土は4分の3でありながら人口は400万人しかいないニュージーランド、しかもこの南島には100万人しかいない。静かな入り江に時折見えるのはバッジと呼ばれるセカンドハウスぐらいで、人の気配は全くない。運が良ければイルカにも出会えるというクイーン・シャーロット・サウンドにさしかかるころ、スパークリングワイン「ペロリュス」が抜栓されたので、クックが愛した入り江を眺めながら船上でアペリティフ・タイムと洒落てみた。シャルドネとピノノワールを使用しメトド・シャンペノワーズで作られた「ペロリュス」は上品かつ芳潤、マールボロ到着後最初の洗礼となった。 やがてヨットが到着したのは「ベイ・オブ・メニー・コーブス・リゾート」という小さなホテル・レストラン。海からのアプローチのみが可能で周囲に人工物は一切ないため、完全なるプライバシーと静寂を好むゲストが世界中から訪れるという。 今度はワインを「ソーヴィニヨン・ブラン」と「ピノ・ノワール」に変え、マールボロ・サウンズ産のキング・サーモンとメリノ羊をあわせてみた。グレープフルーツやレモンの皮のニュアンスを持つ「ソーヴィニヨン・ブラン」、そしてマールボロ・サウンズの森の奥に潜むベリーを思わせる「ピノ・ノワール」。上質な素材をいかし、加熱、調味、装飾を最小限におさえた料理はクラウディ・ベイの「シンプル・ラグジュアリー」と共通する世界観の上に成り立ち、海を含めたマールボロの豊饒さを存分に感じさせてくれる至福のひとときだった。 もうひとつ「クラウディ・ベイ」の重要なコンセプトにフォラージュがある。これは地元の食材生産者とのコラボレーションをベースに、ワイナリーを訪れたゲストに実際に食の現場を訪れ、自分が食べる食材を調達して来るというもの。今回は専用のゲストハウス「シャック」に滞在したのだが、最後の晩餐を盛り上げようと専属シェフ、デイブ・アンダーソンがフォラージュに連れ出してくれたのだ。オーガニックな果樹園、ハーブ栽培農家、チーズ農家、そしてマールボロ・サウンズが生み出す豊富な魚介類の数々。パズルのピースをひつひとつ集めるように、デイブと生産者を訪ねることは実はマールボロの地域特性テロワールを知る上で実は最も大切なことなのだと、ほどなくして気がついた。 さて、クラウディ・ベイ最後の夜はスタッフ交えてのディナーで幕を開けた。今朝方目にした新鮮な食材をたった一人で極上の料理に変えてしまうデイブの懐の深さにくわえ、この夜はクラウディ・ベイのフルラインアップを堪能することが出来た。そのハイライトはソーヴィヨンブラン100%で作る「テ・ココ」。テ・ココとはマオリ語でクックが辿り着いたあの曇った湾、クラウディ・ベイを意味するのだが、非常にリッチなテクスチャと複雑なアロマを持つフラッグシップ・ワインだ。 マオリ族の伝説によれば、偉大な探検家クペはある時荒波から身を守るため静かな入り江に迷い込んだという。この時スコップを使って牡蠣を採り飢えを凌いだ。ゆえにマオリ族はこの入り江を「クペのスコップ」を意味する「テ・ココ・オ・クペ」と名付けた。大航海時代に先立つこと数百年、マオリ族はすでにこのクラウディ・ベイが育む豊かな自然にきづいていたのだ。地元のオイスターを味わいつつ「テ・ココ」を口に含んでみる。それはあの日クペが味わった海の果実とクラウディ・ベイの大いなる邂逅。一瞬、遥か昔にマオリたちが愛したクラウディ・ベイの風景がグラスの向こうに見えたような気がした。 (初出2015年「インプレッション・ゴールド)」SAPORITAをもっと見る
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