プロセッコDOC探訪その1 世界で一番売れているスパークリング
ヴェネツィアから30キロ、ヴェネツィア・メストレ駅から列車で20分ほどで到着するトレヴィーゾ。町の発生は古代ローマ時代に遡るが、発展するのはヴェネツィア共和国統治下に入る直前の自治都市時代。詩人や知識人が集う町として名を馳せたが、ヴェネツィア傘下で軍事の要衝となると時代から取り残された城壁都市としてゆっくりと時を重ねた。その分、街並みには中世の趣がそこかしこに残り、殊に歩道に架けられた天井低い柱廊は、ボローニャやモデナとは異なる密やかな雰囲気を醸している。町の南で合流するカニャン川とシーレ川から枝分かれした運河があちらこちらで涼しげな水面を見せ、水車が立てる水飛沫の音が耳に心地よく響く。滑るように水辺をいく白鳥や鴨の姿を見ていると時が経つのを忘れてしまう。
トレヴィーゾの街の中心インディペンデンツァ広場に佇むトレヴィーゾ県の象徴、Teresona。
トレヴィーゾの13世紀自治都市時代を今に伝えるLoggia dei Cavalieri。
川の中州に作られた魚市場。
この美しいトレヴィーゾが、プロセッコDOC保護協会の本拠であり、プロセッコDOCを生産するヴェネト州とフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州にまたがる9つの県の中心である。
夕暮れのシーレ川を行く白鳥。
プロセッコ保護協会の事務局があるパラッツォ。
プロセッコ保護協会のロゴがデザインされたエチケット。
プロセッコは、発泡性ワインとしてのイメージが強いが、スプマンテ(圧3バール以上)、フリッツァンテ(同1バール以上2.5バール以下)、トランクィッロ(同1バール未満)の三種類がある。しかし、プロセッコといえばスプマンテもしくはフリッツァンテを指す言葉として、イタリア全国どこのバールでも通用する。ローマのバールでキャンティと言ってもほとんどスルーされて、どこのものだか不明の赤ワインを注がれるのに、もともとは北イタリアの一地方ワインのプロセッコは通じる。プロセッコほど一般に浸透した地理的表示ワインはないのだ。しかもそれはイタリアどころか、世界レベルでの浸透度なのである。
プロセッコの年間生産量は4億4000万本、シャンパーニュが3億2000万本、 カバが2億2000万本。つまり、プロセッコは文字どおり、世界で一番造られている地理的表示スパークリングワインであり、プロセッコDOC保護協会によれば世界で一番飲まれているワインである。と言うのも、イタリア全土と海外市場それぞれの販売比率は25%対75%、圧倒的に輸出が多いからだ。ちなみに輸入量最多はイギリスで年間1億2000万本、イタリアでの販売量(1億100万本)より多い。
日本に最も多く輸入されている地理的表示スパークリングワインはシャンパーニュで、年間1287万本。対して、プロセッコは192万本と一桁違う(どちらも2017年)。世界で最も飲まれているスパークリングワインなのに、日本でのプロセッコの知名度はまだまだ低い。泡人気は年々高まっていても、やはりシャンパーニュの独壇場なのである。しかし、特別な機会に飲むものというイメージの強いシャンパーニュに対し、プロセッコの“売り”は「普段飲み」である。
「普段飲み」が魅力のプロセッコの販売量増加には、手頃な価格もさることながら、スプリッツというカクテルとしての飲み方が広まったことが背景にある。スプリッツは、プロセッコ、ビッテル(ビター)と呼ばれる苦味のあるリキュール、微炭酸もしくは炭酸の水を合わせたカクテルで、ビッテルとしては一般的には明るいオレンジ色のアペロールか鮮やかな赤色のカンパリを使う。最近はそのほかにも様々なバリエーションがあり、たとえば、ヴェネツィアのホテル「ヒルトン・モリーノ・ストゥッキー」のバー「スカイライン・ルーフトップ」では、定番のアペロール、カンパリの他に、ヴェネツィア産のビッテルであるセレクト、アーティチョークベースのリキュール・チナール、エルダーフラワーリキュールのサン・ジェルマンなどを使ったスプリッツが選べる。
ヒルトン・モリーノ・ストゥッキーのバー「スカイライン・ルーフトップ」でスプリッツを作る。
カクテルのスプリッツに使うビターなどのリキュール。
エルダーフラワーリキュールを使ったスプリッツはフローラルで華やか。
スプリッツ以外にも、プロセッコを使ったカクテルとしてベリーニもある。ヴェネツィアの「ハリーズ・バー」で生まれた、プロセッコとフレッシュな白桃ジュースを合わせたものだ。立ち飲みでコップ一杯22ユーロくらいだったか。ものすごく高いが、やや酸味の強いプロセッコとコクのある桃ジュースの組み合わせは、このためにプロセッコは生まれたのかもしれないと思うほど相性抜群である。
しかしここで一つ問題が生じる。カクテルに使ってしまったらプロセッコそのものを味わえなくなってしまうではないかという問題だ。ワイン製造に携わる者は、飲みものとして完成しているワインをそのまま味わってもらうことにこだわるのが常であるから、カクテルの材料として扱われることに忸怩たる思いがあるだろう。が、日本のハイボール人気がウイスキーそのものへの関心を誘ったように、スプリッツブームがプロセッコ探求に結びつく可能性は高い。それよりも大きな問題は、プロセッコではないものがプロセッコとして提供されること。バールでプロセッコを頼むと往々にして非プロセッコなスパークリングが供されることも少なくない。だから、プロセッコDOC保護協会は、「ボトルの首部分に細長いDOC(原産地呼称統制)の認可シールがあるかどうかを確認してほしい」という。
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