没後150周年記念ロッシーニの夕べ@Heinz Beck
今年2018年は音楽家ロッシーニの没後150周年にあたることから、去る11月20日、在東京イタリア料理アカデミー主催、ロッシーニが愛した料理を再現する「ロッシーニの夜」が大手町「ハインツ・ベック」で行われた。マルケ州のペサロで生まれたジョアッキーノ・ロッシーニは19世紀前半を代表する偉大な作曲家で「タンクレディ」「アルジェのイタリア女」「セビリアの理髪師」「泥棒かささぎ」「ウイリアム・テル」といった有名な作品のほとんどを37歳までに作り上げ、後半生はパリに隠居してひたすら美食三昧のグルマン生活を送っていたことで知られる。ロッシーニはその音楽的な才能同様、美食に関しても優れた才能を持ち合わせていたと言われているが、当時追求した美食とはフォワグラ、黒トリュフ、トルネードといった高級食材を駆使したハイエナジー料理。「牛フィレ肉のロッシーニ風」など、厳密にはイタリア生まれではなくフランスで生まれのフランス料理になるのだが、ロッシーニの代名詞的料理がいくつか存在する。また、パリに暮らしたとはいえ、生粋のイタリア人であるロッシーニはイタリアの味を忘れるわけもなく、ミラノのパネットーネやモデナのザンポーネ、ゴルゴンゾーラやタレジョといったロンバルディアのチーズ、ボローニャのモルタデッラ、ナポリのマッケローニなどなどイタリア各地の食材を取り寄せては楽しんでいたいという。
「わたしは食べること以上の良い営みを知りません。つまり、本当の意味で『食べる』ということです。胃にとって食欲とは、心にとっての愛と同じものです。胃は私たちの情熱という偉大なオーケストラの指揮者です」
さて、今回この「ロッシーニの夜」を主催した在東京イタリア料理アカデミーでは在日イタリア人を中心としたアカデミー会員たちを招いての趣向を凝らしたテーマディナーを開催しているが、今回ロッシーニ料理担当に選ばれたのが「ハインツ・ベック」のシェフ、ジュゼッペ・モラーロ Giuseppe Molaro。とはいえ19世紀の料理をそのまま再現するわけではなく、ジュゼッペの解釈で現代的ロッシーニ料理としてあることはいうまでもない。 まず食前酒はイチゴとシャンパーニュを使った真紅のスタンダード・カクテル「ロッシーニ」から始まり、アミューズはロッシーニが取り寄せては楽しんでいたというゴルゴンゾーラを軽くクリームに仕立て、一口サイズのパイを添えたもの。アミューズがもう一皿、ジュゼッペの真骨頂ともいえるインフズィオーネを使った「ムカゴ、カリフラワー、パルミジャーノと鴨のインフュージョン」。色彩豊かにテクスチャーの異なる食材を最小限の加熱で一皿にまとめ、エッセンスのみを抽出し動物性でありながら脂肪分はほとんど感じないインフズィオーネは例によって旨味だけ抽出した軽くて繊細な料理。白ワインはロッシーニの地元ペサロからフレッシュな酸味がみずみずしいGuerrieri社のBinchello di Mertauro DOC “CELSI”をソムリエの三浦春悦氏がセレクトしてくれた。 続いてロッシーニが最も愛した食材フォワグラが登場。「キャラメリゼしたフォワグラ、キノコのコンソメスープ」は若くてフレッシュなフォワグラに砂糖をキャラメリゼして甘みを加え、秋らしくカルドンチェッリやフィンフェルリなどのキノコとともに軽いコンソメをかけたもの。ロッシーニ時代の濃厚フォワグラ料理から脂肪分を引いて旨味を足したもの、といえば味がお分りいただけるだろうか。七面鳥もロッシーニが愛した食材だが、これをジュゼッペはパスタのリピエノにした。「七面鳥のクレスタ・ディ・ガッロ 菊芋と黒トリュフ」クレスタ・ディ・ガッロとは鶏のトサカのことだが、まさにこのパスタはトサカの形状。七面鳥を中に詰めて黒トリュフをトッピング、リストレットのソースでまとめたこの料理はこの夜のベストだった。ここで赤ワインになるが三浦ソムリエが選んだのはシチリアからDonnafugata社のTancredi 2014。タンクレディとはシチリア王アルタヴィッラ家の始祖でロッシーニがオペラ「タンクレディ」を作曲したことでも有名だ。「青森のヒラメのクロスタ 南瓜のクリームと白ワインのソース」はカボチャのピューレで楽譜と音符を描いた遊び心あるもの。そしてメインが「鴨脂で調理した牛フィレ肉 マスタード 玉葱のクリームとセージのソース」で、ロッシーニならば「牛フィレにはフォワグラと黒トリュフをトッピングして、ペリゴールソースで」とオーダーしたかもしれないがフォワグラも黒トリュフもすでに登場しているので、ここは別の構成。これもまた素晴らしい料理だった。最後のドルチェは牛乳のジェラートとムースにエスプレッソを加えたアッフォガート風のデザート。これも甘みと苦みのコントラストで締めくくるシンプルかつイタリア色を前面に出したものだ。 最後にアカデミー会員たちが拍手する中ジュゼッペが登場したが、すでにご存知の方も多いと思うが12月一杯で「ハインツベック」をあがり、故郷ナポリで2月には自分のレストランを開く計画を明らかにした。「ハインツベック」は2018年度東京ミシュランで遅まきながら1つ星を獲得したが、Gambero Rossoではその評価はすでに高く、それに先立つ2017年度版から外国のイタリア料理店に与える最高評価の3本フォーク「トレ・フォルケッテ」を獲得。それらはすべてジュゼッペの功績だ。20代にしてハインツ・ベックの信頼厚く東京店のシェフに抜擢されたばかりか、その信頼には十分すぎるほど応えてきた。ジュゼッペの料理を過去何度か口にする機会に恵まれたが、多くの食材を使いこなしつつボリュームは減らしても食材の味はしっかり残し、極力脂肪分を廃してエッセンスのみを抽出するその技術には毎回驚かされて来た。そして何よりも控えめで謙虚な人柄がさらに料理を輝かせる。後任のシェフにはジュゼッペと共に働いて来たカルミネ・アマランテ Carmine Amaranteが就任するが、ジュゼッペ同様ハインツ・ベックの世界を存分に表現してくれること思う。ジュゼッペの新しい冒険にエールを送りつつ、また近々新店のレポートがSAPORITAでできることを期待したい。  

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