資生堂ファロ、能田耕太郎の新たなる挑戦
かつて東京を訪れたパスタメーカー、フェリチェッティの社長、リッカルド・フェリチェッティ Riccardo Felicettiがこんなコメントを残したことがある。「日本にイタリア料理店は多いが、みな郷土料理ばかりで、日本人シェフによるファイン・ダイニングのイタリア料理店が少ない」
決してそんなことはないと思うのだが、もしそう感じているイタリア人がいるのならば是非とも体験してもらいたのが能田耕太郎さんがエグゼクティブ・シェフに就任し、10月1日にリニューアル・オープンした銀座「ファロ」だ。
能田さんについては過去SPORITAでも何度か書いて来たが、あらためて紹介すると現在はローマにある「ビストロ64 Bistrot 64」のオーナーシェフにして、ミシュラン1つ星を3年連続で獲得。現在イタリアでは最も有名な日本人シェフである。ローマのみならず日本にもその活動範囲を広げて「ファロ」の新シェフに抜擢されたことはいわばイタリアからの逆輸入であり、日本のイタリア料理愛好家たちにとっては銀座で新しい能田耕太郎の世界が味わえるのだからたまらないニュースだ。そんな11月のある夜、「ファロ」にて注目のディナーコースを味わう機会に恵まれた。11月のコース「霜月」の内容は以下の通り。
青森県大西ハーブ農園の贈り物
八寸
根菜のフリット
豆乳クリームチーズ
紫陽花たまご
自家製酵母パンを昆布バター
じゃがいもスパゲッティ
秋刀魚のトルテッリ
クエの炭火焼
熊本赤牛フィレのロースト
マガオペッパーノアイスクリーム
晩秋の紅葉
奈良県山口農園の恵み
まず最初に登場したのがホタテのチップスの上に一口サイズの花とバラのフリーズドライをトッピングした「青森県大西ハーブ農園の贈り物」。最初に登場する「ファロ」のメニューにはメニューに使用する全食材と生産者名が書かれており、数えてみるとなんと141種類。特に大西ハーブ農園(青森県)の欄にはアイの花、赤からし菜、アマランサス、アリッサム、イタリアンパセリ、エストラゴン、カタバミ、ガーデンクレス、カラスノエンドウ、ケール、菊、キャラウェイ、サンレッド、シクラメン、ストック、セルフィーユ、そばの花、ダリア、チュサンチュレッド、ディル、ナデシコ、ハコベ、バーベナ、パイナップルセージ、ベゴニア、フヌイユの花、ブルーサルビア、ペンタス、マイクロクレソン、マイクロセロリ、マリーゴールド、マイクロナスタチウム、ヤグルマソウ、ランタナ、ラベンダー、リーフレタスグリーン、ルッコラの花、ワサビ菜と38種類のハーブやエディブルフラワーが書かれていた。つまりこのアミューズはこれら食材がこれから登場するというメッセージであり、テイスティングに相当する。続いて登場した「八寸」は2種類の器に分かれて計8種類登場した。最初の器に乗って登場したのは、感じ取れた限りの食材を明記してみるが左上から時計回りに「海苔をあしらったカンズリ・クリームのマカロン」「レバームースと栗の香りのミニバーガー」「ペペローニとカボチャのプディング」「ライスペーパー、食用菊、切り干し大根のザワークラウト」。
2つ目の器は立体的な重箱のようで、中から現れたのは同じく左上から時計回りに「椎茸寿司、キノワのシャリ、山椒」「レンコン饅頭、黒米チップス、白胡椒などのスパイス」「クリームチーズのトルタ、柿とアマレット・ディ・サロンノ」「紫芋、味噌、ゴルゴンゾーラの練切」の合計8種類。いずれも日本ならではの野草、ハーブ、植物性食材にイタリアらしいエッセンスを加えた融合体だ。特に見た目は和風ながらも最後の「紫芋、味噌、ゴルゴンゾーラの練切」はイタリアを強く感じた。
続いて登場したのが「根菜のフリット」だがこれは揚げたての長芋のフリットにごく薄切りのラルド・ディ・コロンナータを乗せ、脂が溶け始めたところを食べるのだが、感覚としてはトスカーナのコッコリ、あるいはエミリア地方のニョッコ・フリット+ラルド、に近い。芋と豚の脂、ローズマリーの組み合わせは中部イタリアの田舎料理の定番だ。「豆乳のクリームチーズ」は乳酸発酵が完全に終わっていないヨーグルトを思わせるほのかな酸味のある豆乳にヨモギオイルと豆乳ソース、そして多くのハーブ類の組み合わせ。極小ハーブ、あるいはスプラウトはイタリアのファインダイニングでも大人気で「ミクロオルタッジ」と呼ばれるが、ほんの一遍のハーブが料理の味を決定的に変える、ということで多用されている。かつて能田さんが共に仕事したミシュラン3つ星シェフ、「アル・ドゥオモ」のエンリコ・クリッパも自家菜園で作る数多くのハーブと野菜を使いこなすが、こうした微量かつ複雑な味わいを持つハーブ類を組み合わせるのは現代のシェフには必須の要素となっている。しかもイタリア人シェフの多くが日本固有の野菜やハーブに興味を示しているのだから、山椒始め日本のハーブをイタリア的解釈で使いこなす能田さんの料理は非常に興味深く映るかと思う。続いて「紫陽花たまご」これは低温調理した温泉卵に黒酢と紫芋のパウダーをかける料理で、酸の効果で紫から赤に変化する過程を見て楽しむ。「自家酵母パンと昆布バター」は全粒粉、高千穂の発酵バターで昆布の旨みを加えたものだった。
「じゃがいものスパゲッティ」はいまや能田さんのシグネチャーディッシュと言ってもいいだろう。刺身のつまを作る要領でジャガイモを麺状に細くスライスし、バターの中で加熱してパスタのような食感にし、最後にフリットしたジャガイモ・パスタとコラトゥーラ・ディ・アリーチを加えた料理だ。ジャガイモ、アンチョビ、バターという黄金の組み合わせ、かつ安価な食材をクチーナ・ポーヴェラからシグネチャー・ディッシュへと変化させるイタリア料理の根幹であり無限の可能性を感じさせる料理だ。今回はさらに能田さん自らがアルバ産の白トリュフをトッピングしてくれた。
パスタがもう1品「秋刀魚のトルテッリ」はサンマをワタごとトルテッリの詰め物とした日本独特のほろ苦さを特徴にした料理でリンゴとセロリ、イタリアン・パセリのオイルで清涼さが加わる。魚料理は「クエの炭火焼」一夜干しにしたクエにトピナンブール(菊芋)とバルサミコを効かせたミニサラダ・ブーケという構成で、弾力に富むクエの食感が印象的だった。肉料理は「熊本赤牛フィレのロースト」で、上質な熊本牛のフィレを一口だけ。それにネギのグリルとネギの炭のパウダーでほろ苦さと香りを加え、甘口のビーツソースをあえたものだ。
ここからデザートとなるが「ファロ」のドルチェはかつてオステリア・フランチェスカーナでドルチェを担当した加藤峰子さんが担当しているのも「ファロ」の強みだ。この日はまず「マガオペッパーのアイスクリーム」リコッタとレモングラスをジェラートにし、大徳寺納豆とマガオペッパーで風味、香ばしさ、スパイシーさをプラスしていた。続く2品が加藤さんの真骨頂だろう。「晩秋の紅葉」はもみじから抽出したエッセンスをソースとし、チョコレートのジェラートに葉までもトッピングしだデザートだ。アセロラに似た酸味と色合い、エキゾチックさ、郷愁、憧憬、自然回帰、さまざまなキーワードを思い浮かべることができた。最後の「奈良県山口農園の恵み」はハーブや野菜、花を用いたデザートだが、甘さの中にハーブや花本来が持つ自然の複雑な香りが溢れ出し、最初に食べた「青森県大西ハーブ農園の贈り物」を思い起こさせながらコースを締めくくるクラインの壺のような重層的な仕掛けになっている。あらためてメニューを見直し、141種類の食材全てを当てることはできなかったが、味蕾と自然に相対した3時間あまりだった。「日本でやりたかった料理は今現在自分の中で完成しつつあるが、ローマはまだまだ」と語る能田氏は当面東京とローマを往復しつつ、2つのレストランのエグゼクティブシェフとして活動を続けるという。かつてSUZUKIのKATANAがアメリカで大人気となって日本に逆輸入されたように、能田さんの切れ味鋭い日本人ならではの高い美意識と技術、自然への敬意こそが他者と違いを作る最大の要因なのではないかとこの夜あらためて思った。
ちなみに今回の料理は全てワインがペアリングされており、この夜登場したワインは以下の通り。Champagne Brut Blanc de Blanc / RL Legras, 富久長 白麹純米 Shell Lovers 八反草使用割合70% / 未だ酒造本店(広島), Greco di Tufo 2016 / Salvatore Molettieri, Carmignano Santa Cristina in Pilli 2012 / Fattoria Ambra, Where Dreams… 2007 / Jerman, Sauvignon Blanc Lafoa 2009 / Schreckbichl Colterenzio, Champagne Autentis Cumieres 2005 / Duval Leroy, Barolo Bricco Bischis 2004 Vigna San Giuseppe / Castiglione Falletto, Trento DOC Perle Rose 2011 JET Cap Selezionato da Vincitore YASUSHI HONDA / Ferrari
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